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バス・トイレの扉の横にはダイキンエアコンのスイッチ(オフィスなどで良く見かけるアレ)が設置されていて、空調の設定を変更できるのですが……
2025年2月20日木曜日
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2025年2月19日水曜日
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2025年2月18日火曜日
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2025年2月17日月曜日
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2025年2月16日日曜日
2025年2月15日土曜日
地図をクリックしたら地理院地図に飛べたりします。
札楽古川 (さつらっこがわ) 楽古川中流右から入る川。アイヌ語の乾く楽古川の意。
2025年2月14日金曜日
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2025年2月13日木曜日
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2025年2月12日水曜日
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2025年2月11日火曜日
この記事内の見出しは高畑美代子『イザベラ・バード「日本の未踏路」完全補遺』(中央公論事業出版)の「初版からの省略版(普及版)の削除部分を示す対照表」の内容を元にしたものです。この対照表は、高梨謙吉訳『日本奥地紀行』(平凡社)および楠家重敏・橋本かほる・宮崎路子訳「バード 日本紀行」(雄松堂出版)の内容を元に作成されたものです。
私が思うには、「若い日本国」は、その迷信をばかにして笑っているふりをするけれど、下層階級のすべての女たちと大半の男たちは、一般的な生活の中での迷信を信じています。
もう一つは、「シ」には、一つには死の意味があるので「シ」の音節を含む言葉を元旦には一切使ってはいけないというものでした。
人々はいつも家に入るとき土間に履物を脱いでおくのですが、うんざりした客の履物の裏でモグサを燃やすと、その客を追い払うことが出来ると信じられている。
また,これわ人の氣をも鎭める力を有している。例えば誰か怒っている人の所え行く際わ,その家の近くまで行ったらイケマを噛んで,密かにその人の名を呼びながら,
e-ramu お前の心を
an-rayke 殺したぞ!
と唱えて吹きつける (epuruse) と,相手の氣わ鎭まっているものだとゆう(眞岡)。
紫あるいはスミレ色は、結婚式では、花嫁、花聟のどちらも着てはいけません。それは、これらの色がどの色より早く褪せる色なので、早く離婚するといけないからです。
歩いている間に鼻緒が身体の前方で切れると、履いている人の敵に災いがかかり、鼻緒が身体の後方で切れると、履いている人自身に災いがかかる前兆であるとされています。
私たちの国でもそうですが、塩には、多くの不可思議な意味があると考えられています。
夜に塩を買ってはいけないし、日中に買ったときは、不運や家族のうちわもめを避けるために、そのひとつまみを火に投げ入れなければなりません。また葬式の後では、門口の辺りにも撒かれます。
もし漁師が油に行く途中で坊さんに出会ったら、その日は一匹も魚がとれないと予想されます。
この災いを避けるためには、左手に柄杓を持ち、柄杓にいっぱいの水を 3 回撒かなければなりません。
北部の人々の間では、いたるところに迷信があります。もし、茶碗のなかに茶の茎が落ち、一瞬茶柱が立ち、それが倒れると、その方角から客がくると期待されると考えられています。
ぼんやりして、急須の注ぎ口以外のところからこぼしてお茶を注ぐと、それは坊主が近づいているしるしなのです。
障子に映った鳥の影はきっと客が訪ねて来るという「予兆 」です。ここでは、これらのことがあまりに固く信じられていますので、娘たちは、そのどれか一つでもが起こると、髪に何か小さな髪飾りをつけ加えるほどです。
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2025年2月10日月曜日
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2025年2月9日日曜日
地図をクリックしたら地理院地図に飛べたりします。
O-pish oma nai オピㇱュ オマ ナイ 濱川 海濱ノ方ヘ向テ流ル川「オピショマナイ」ト云フハ急言ナリ
松浦山川取調図、官林境界図、実測切図(北海道庁発行20万分図、明治26年)はいずれも楽古川の支流として記入されているが、地理院 5 万分図(大正 9 年測量、昭和53年編集)は、川口近くで楽古川に沿って流れてから、直接太平洋に流入しており、これが地名と合致している。現在は楽古橋のすぐ上手から、楽古川に入っている。
2025年2月8日土曜日
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東蝦夷地名考 (1808) | ラツコベツ | ラツコは落なり。又獣のラツコも── |
---|---|---|
大日本沿海輿地全図 (1821) | ラツコ川 | - |
蝦夷地名考幷里程記 (1824) | ラツコ | 獵虎流れ寄りしより |
初航蝦夷日誌 (1850) | ラツコベツ | 此名定而昔ラツコに 而も揚りしより |
竹四郎廻浦日記 (1856) | ラツコヘツ | 昔し野火の有て此辺の 山々を皆焼尽せしが── |
午手控 (1858) | ラツコ | - |
戊午日誌 (1859-1863) | ラツコ | - |
東西蝦夷山川地理取調図 (1859) | ラツコ | - |
東蝦夷日誌 (1863-1867) | ラツコ | 獵虎が流れよりしが故、 奥の方の山燒來り此處にて留りし |
改正北海道全図 (1887) | ラツコ | - |
永田地名解 (1891) | ラㇰ コ ペッ | 火消川 |
北海道実測切図 (1895 頃) | ラツコペッ | - |
北海道地形図 (1896) | ラㇰコペツ | - |
十勝地名考 (1914) | ラッコ | 原称は「ラック・ベツ」。 山火この川に至りて止みたるより |
陸軍図 (1925 頃) | 樂古川 | - |
北海道の川の名 (1971) | 楽古川 | (東蝦夷日誌のラッコ説を引用) |
アイヌ語地名解 (1982) | 楽古 | 火消川とラッコ伝説があるが、 いずれも信じがたい |
北海道の地名 (1994) | 楽古 | ラッコ説(上原熊次郎の記録と 東蝦夷日誌に言及) |
一 ラツコベツ
ラツコは落なり。瀧をラツキベと云。キコ通音。又獣のラツコも海岸の岩に上り居る處へ蝦夷舟至れハ落る如くに海底に入を以てラツコルと云しを、語略してラツコと云。
補註 1.──ビホロの古老,菊地儀之助翁の言によれば,ラッコのことを,ふだんは atuy-esaman と言うのだが,その語は夜間に使ってはいけないことになっていた。夜間にその語を口にするとカワウソがばけて出てくるからというのだ。それで,夜は atuy-esaman と言わずにもっぱら rakko とよび,いまではそれが一般に通用するようになってしまったのだという。
此地名昔し野火の有て此辺の山々を皆焼尽せしが此処にて留りしと云事なる由。不思議なことに、松浦武四郎は後の『東蝦夷日誌』では「ラッコ説」と「野火止説」の両論併記に「後退」しています。
ラツコ〔臘狐、樂古〕(川幅十七八間、舟渡し也)名義、昔し爰へ獵虎が流れよりしが故に號く(地名解)。また奥の方の山燒來り、此處にて留りしに依ても言傳ふ(惣乙名 ハユヘク申口)。
Rak ko pet ラㇰ コ ペッ 火消川 北地ヨリ山火燃エ來リ此川ニ至リテ消滅セリ故ニ名クト「アイヌ」云フ
じつは然らず、山火この川に至りて止みたるより、「ラック・ベツ」と唱うるを正なりとす。
Rak, v.i. To settle as rubbish in water. Jap. Odomeru. 澱メル。
─ka, v.t. To set to settle as muddy water. Jap. Sumaseru. 澄マセル。
Rak, v.i. To pass away as clouds from the horizon. See Rak-rak. Jap. Kumo Ga Sanjiru. 雲カ散シル。
ラㇰラㇰパイェ【rak-rak-paye】
晴れてゆく [ユ].
① 瀬 ② 川ノ浅瀬(rakka)
- ラッカ 1
① 冽(きよし)(※きよい、水が澄んでいる─白浜注) ② 澄マセル(泥水ヲ)(rakka)
- ラッカ 2
① 箭羽 ② 羽、炭(ラㇷ゚)
- ラップ 1
① 猟虎(子) ②〈動物〉ラッコ(子)(ラップ)
- ラップ 2
① 鳥の羽 ② 羽、翼(ラㇷ゚)
- ラップ 3
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2025年2月7日金曜日
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2025年2月6日木曜日
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2025年2月5日水曜日
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2025年2月4日火曜日
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2025年2月3日月曜日
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2025年2月2日日曜日
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野 塚(のづか)
所在地 (十勝国)広尾郡広尾町
開 駅 昭和7年11月5日 (客)
起 源 アイヌ語の「ヌㇷ゚カ」(野原)から出たものである。
Nupka pet ヌㇷ゚カ ペッ 野川 「ノツカベツ」ト云フハ非ナリ
大日本沿海輿地全図 (1821) | ノツカ川 |
---|---|
初航蝦夷日誌 (1850) | ノツカ |
竹四郎廻浦日記 (1856) | ノツカ |
辰手控 (1856) | ノツカ |
午手控 (1858) | ノツヽ |
戊午日誌 (1859-1863) | ノツカ |
東西蝦夷山川地理取調図 (1859) | ノツカ |
東蝦夷日誌 (1863-1867) | ノ |
改正北海道全図 (1887) | 野塚川 |
永田地名解 (1891) | ヌㇷ゚カ |
北海道実測切図 (1895 頃) | ヌㇷ゚カペッ |
十勝地名考 (1914) | ノッカは「ヌプカ」に由来 |
陸軍図 (1925 頃) | 野塚川 |
植民地区画図 (1932) | 野塚(ヌプカ川) |
北海道駅名の起源 (1973) | 野塚は「ヌㇷ゚カ」に由来 |
北海道駅名の起源 (1973) | 野塚は「ヌㇷ゚カ」に由来 |
ノフカ(小川、此處四丁計の間、小流四すじ有)、大川原になる。名義、野より流れ來る儀なり。
そう言えば……という話ですが、「野塚川」を遡ると日高山脈の「野塚岳」にたどり着くのですが、その西側を国道 236 号の「野塚トンネル」が南北に貫通しています。「野塚トンネル」とかつての「野塚駅」の由来が同じだった可能性が出てくるのですが、これもちょっと意外な感じもします。
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2025年2月1日土曜日
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「ハルニレ」が chikisani なのは、火起こしに便利な木だからとされます。火を起こす際に「木を擦 る」ので、「我ら擦 る木」と呼ばれた……ということのようです。
Echi kisa-i エチ キサイ 火ヲ取リシ處 直譯吾人ガ木片ヲ摩擦シテ火ヲ取ル處往古神アリ火ヲ取リテ「シューキナ」ヲ烹テ食ヒシ處ナリト云フ
2025年1月31日金曜日
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2025年1月30日木曜日
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2025年1月29日水曜日
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2025年1月28日火曜日
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2025年1月27日月曜日
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2025年1月26日日曜日
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モンベツ〔紋別〕(川幅六間)遲流の義なり(川番ウサメウチ申口)。
モン・ベツ
流の静なる川との義なり。胆振国紋鼈、北見国紋別、日高国捫別、皆同じ。
2025年1月25日土曜日
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カムィ・エクチカ・ウㇱ・イ「kamuy-ekuchika-us-i 神(熊)が・岩崖を踏みはずして落ちる・のが常である・所(山)」の意で、それほど険しい山である。
ekuchika エくチカ 《完》岩崖を踏みはずして下へ落ちる。[<e-kut-ika(岩段からまたぐ)。
e-「そこにおいて」「そこから」。ika「またぐ」。e-ika「そこにおいて・またぐ」「そこから・またぐ」。kut e-ika「岩段 そこから・またぐ」「岩段・から・またぐ」。この補語の kut を動詞の語体の中に取りこんだ古い綜合的な云い方が e-kut-ika すなわち ekuchika である。]
e-ni-ika 樹をふみはずす
= ni-e-ika 樹に於いて踏み外す
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2025年1月24日金曜日
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2025年1月23日木曜日
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2025年1月22日水曜日
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2025年1月21日火曜日
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2025年1月20日月曜日
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2025年1月19日日曜日
2025年1月18日土曜日
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クチャ・ウㇱ・ナィ(kucha-us-nay 狩小屋・ある・川) の意で、この川筋には、かつて狩猟用の仮小屋が、設けられていたのであった。
2025年1月17日金曜日
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2025年1月16日木曜日
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2025年1月14日火曜日
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2025年1月13日月曜日
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心霊降神術、つまり幽霊を呼び出す一つの様態は日本では昔から企てられてきました。
院内で、私は、一人の女の人が(霊媒はいつも女であるが)、彼女の術を行うために、ある家に入っていくのを見ました。
ある父親は脚気 に罹 っている彼の息子が治るものかどうか知りたがっていました。
霊媒はいつも特別の形にまとめられた小さな箱を持ち歩き、軽い木の皮の帽子を、頭には被らずに手に持っています。
霊媒は彼女の前に箱を置いて坐り、蓋の上で、絶え間なく、小さな弓の弦をブーンと鳴らしました。
依頼者は彼女の反対側に坐りました。それから、彼女は、小さな茶碗から彼に向かい水を投げかけました。
霊媒が依頼者に対してする唯一の質問は彼が面談したいのは生きている人か死んでいる人かを訊ねるだけです。
伊藤(彼は懐疑論者なのだが)は、新潟で、自分が内陸を抜けるこの旅行を安全に終えることが出来るかどうかを、自分の死んだ父親の霊に聞いてくれるように、霊媒に頼んだと告白しました。
船乗りたちが信じているいろいろな化け物のなかの一つには悪意のある者が一人います。彼は、とても礼儀正しく、彼らのところにやってきて、柄杓を貸してくれるようにたのみます。
一方、もし底が急に抜けて、その柄杓が彼に向かって投げつけられると、彼は消えうせてしまいます訳注 1。
but if the bottom be hastily knocked out, and the dipper be thrown to him, he disappears;
底をとっさに抜いたひしゃくを投げつければ、お化けは消えてしまうのです。
湊(土崎湊)では、私は小さな寺で、船乗りたちが奉納した供物と共に、柄杓の悪霊から彼らを護ってくれると信じている神が架けられているのを見ました。
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2025年1月12日日曜日
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大雪山系南部の「トムラウシ山」と同名ですが、両者は直線距離でも 100 km 以上離れているので、直接の関係は無さそうです。
またしばしを過て
トンラウシ
右の方小川、其名義はしれず。此辺え到るや両岸峨々たる高山にして樹木多し。
トムラウシ川は新得町十勝川支流のトムラウシ川、芽室町美生川支流のトㇺラウシ川と、ここをふくめて 3 筋あるが、諸説あって確定的なものはない。→トムラウシ(120㌻)
十勝支庁管内にはトムラウシの地名は美生川上流と札内川上流の三筋がある。いずれの川にも共通することは急流である。新得町役場の調べでは「ミズゴケのある川」あるいは「湯花のある川」と記した。バチェラー辞典はトム(tom 花、輝ケル)とし、またトンラは(tonra 水草の類)とある。ウシ(us 多くある)を意味しているが、確定的な解には至っていない。
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2025年1月11日土曜日
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チセナイ(地理院・営林署図)
チセ・ウン・ナィ(chise-un-nay 家・ある・川) の意で、「ウン」がぬけた形であろう。ここでいう家とは仮小屋か、あるいは熊の穴があったのかもしれない。