2025年1月3日金曜日

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ガイドさんと回る母島半日ツアー (11) 「人の気配が薄すぎる『東港』」

 

「石門入口」の、まるで海を見渡すためのお立ち台のような場所(水を流すカルバートだったでしょうか)の横には、何やら珍妙なものが……
【ご注意ください】この記事の内容は、特記のない限りは 2024 年 4 月時点のものです。各種サービスの実施状況や利用時間などが現在と異なる可能性があります。

これは「マルハチ」と呼ばれる木生シダ(ヘゴの一種)です。小笠原亜熱帯農業センターでも見かけましたが、随分と印象が違うような……?(経年の違い?)
「葉柄痕が丸に逆さ八の字を呈する」から「マルハチ」なのですが(かなりそのまんま)、確かに逆さにした「八」の字が見えるような……。

猪熊観音

再びカノープス母島さんの車で北に向かいます。「猪熊谷いぐまだにトンネル」を抜けて、「ビッグ・ベイ」こと「猪熊谷」を見下ろせる高台にやってきました。
ここにある「猪熊観音」は海を一望できる高台にあります。戦没者を追悼するために戦友が建てたものとのこと。

ロングビーチ

更に北に向かい、今度は「ロングビーチ」こと「長浜」にやってきました。「ロングビーチ」は通称だと思われるのですが、米軍統治時代の呼び方なんでしょうか……?
「ロングビーチ」展望台のすぐ北に「長浜トンネル」があるのですが、このトンネルは 1991(平成 3)年に完成したものとのこと。それまでは海側を覆道で通過していたらしく、トンネル入口の手前で旧道が交叉していました。


長浜トンネルを抜けて少し先に進んだところの岩肌に、謎の穴がありました。銃眼のようにも見えますが、軍関係の何かだったようです(詳細失念……すいません)。

オガサワラトカゲ……?

これも何だったでしょう(汗)。断層というか、ある種の地層に見えるのですが……
残念ながらピントが合ってませんが、トカゲらしき生き物が見えます。「オガサワラトカゲ」だったでしょうか……?

探照灯基地跡

父島では「道を歩けば戦跡に当たる」勢いがありましたが、母島も決して負けてはいません。「探照灯基地跡」という看板が立っていますが……
看板の奥にトンネルのようなものが見えていました。どうやらこの穴の先が「探照灯基地跡」のようですね。

東港

更に北上して「六本指地蔵」などを見てから、都道 241 号「沖港北港線」を少し離れて「東港」にやってきました。
海の色が、まるでプールのようですね。
「東港」は巨大な桟橋が海中に伸びている構造だからか、「ははじま丸」の母港である「沖港」よりも広々とした印象を受けます(実際には大差ないのかもしれませんが)。
そして何よりも違和感があるのは、「東港」(地理院地図では「母島漁港」)のまわりには人の気配が殆ど感じられないのですね。船も見えなければ倉庫などの建物も見当たらず、そもそも何のために存在するのか……という疑問を覚えるくらいです。

捕鯨とともに去りぬ

「母島ガイドマップ」によると、この「東港」は「商業捕鯨禁止となる 1987(昭和 62)年まで捕鯨が行われていた」とあります。商業捕鯨が禁止されて用途が消滅した漁港……ということになるのですが、その割にはとても良く整備されているように見えます。

ガイドのカノープス母島さんにそのあたりの疑問をぶつけてみたところ、南西に面した「沖港」が荒波などで使えなくなった時の退避用として維持されているとのこと。

たとえば八丈島では、平常時は東の海に面した「底土そこど港」を使用するものの、海上が荒れた際に西側の「八重根港」から船が出るとのこと。東西の海に面した漁港をそれぞれキープするのが冗長性を考えるとベストということみたいです。それで人の気配が殆ど感じられない漁港が維持されている……ということなんですね。

「東港」の南に見えるのが、固有種の宝庫である「石門エリア」です。
波が岩にぶつかっていい感じの波しぶきになっていました。東映……ですね。

都道の北端まであと少し!

気がつけば 12 時半を回っていました。「ははじま丸」は 14 時に出航予定ですが、都道 241 号「沖港北港線」の北端まであと少しなので……

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