2024年12月13日金曜日

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伊豆諸島開発「ははじま丸」乗船記(伊豆諸島開発編)

 

父島・二見港から母島・沖港に向かう「ははじま丸」の出港まで、あと数分となりました。
【ご注意ください】この記事の内容は、特記のない限りは 2024 年 4 月時点のものです。各種サービスの実施状況や利用時間などが現在と異なる可能性があります。

「椅子席」の窓からは、デッキ越しにどんよりと雲が立ち込めた父島の海と山が見えます。

どこかで見たことのあるお姉さん

出港と同時に、客室前方のテレビで「救命設備および船内のご案内」の放送が始まりました。
二見港の南西に壁のように立ちはだかる「野羊山」が見えてきました。
前方のテレビでは救命胴衣の着用方法が説明されていますが……あれ、このお姉さん、どこかで見たことがあるような……?
実はこのお姉さん、「おがさわら丸」の船内のビデオでも救命胴衣の着用方法を説明していました。よく見ると着ている服も同じかも……?

かまぼこ?

「野羊山」の頂上が近づいてきました。この山の特徴的なところは、二見港に面した部分がまるで包丁で切られたかのような形をしているところで……
こんな風に、見事に切り落とされたようになっています。どのようなメカニズムでこんな形になっちゃったんでしょうね……。
客室前方のテレビでは救命胴衣の着用方法についての説明が続いていますが……
「ははじま丸」は「野羊山」の「壁」の前を通過して二見港の外に出ようとしていました。円丘状の島(岩)が見えますが、これは「蛸岩」でしょうか?

「伊豆諸島開発株式会社」とは

「おがさわら丸」でも救命設備の説明をしていたお姉さんですが、このビデオは「伊豆諸島開発」のロゴの入ったファンネルの前で撮影されていました。竹芝か芝浦あたりで撮影されたようにも見えますが……。
ところで、この「伊豆諸島開発」という会社ですが、伊豆諸島を結ぶ航路を幅広く展開している「東海汽船」の関連会社とのこと。
現在は「八丈島-青ヶ島」航路と「父島-母島」航路を運航していて、過去には「三宅島-御蔵島みくらじま」航路にも就航していたとのこと。「青ヶ島」と「母島」はどちらも「二次離島」(北海道・本州・四国・九州・沖縄本島のいずれにも直接接続する航路を持たない島)です。

余談ですが、「八丈島-青ヶ島」航路の船は週イチで芝浦に顔を出していて荷物の上げ下ろしを行っているみたいで、貨物に関しては芝浦から青ヶ島まで直接輸送できる……のかもしれません(旅客の利用はできないので「二次離島」であることには違いないのですが)。

「伊豆諸島開発株式会社」は「東海汽船株式会社」が 50 % の株式を保有するものの、他は「大島町」「利島としま村」「新島にいじま村」「神津島村」「三宅村」「御蔵島村」「八丈町」「青ヶ島村」など、いわゆる「伊豆七島」を構成する自治体が株主となっています。二次離島である「青ヶ島」を結ぶ航路は公益性が高い(端的に言えば「利益を出しづらい」)ということで、半官半民の会社を設立して航路を維持している……ということなのでしょうね。

不思議なのが、小笠原村は「伊豆諸島開発」の株主ではないにも関わらず、何故か「伊豆諸島開発」が「父島-母島」航路を運航しているという点です。かつて「父島-母島」航路を運航するために「小笠原海上運輸」という会社が設立されたものの、経済事情(オイルショック?)により就航を断念したことがあり、島民の要請により已む無く「伊豆諸島開発」が運航を引き受けた……とのこと。「伊豆諸島開発」という会社、控えめに言っても「神」なのでは……!

南島!

「ははじま丸」は父島・二見港と母島・沖港の間を結んでいますが、どちらの港も西に面しています。そのため母島に向かう便では左舷側から島々を眺めることが可能です。父島列島・母島列島を海上から眺めたい場合は、(母島行きでは)左舷側がおすすめ、ということになりますね。
父島・二見港を離れて沖合に向かっていますが、左前方に島が見えてきました。
どうやら中央に見える一際大きな島が「南島みなみじま」のようです。
ちょっとシャドウ部分が強く感じられたので、無理やり補正してみました。これはこれで悪くないと思うのですが、やはりちょっと「のっぺりした感じ」になるのは避けられないですね……。
「ははじま丸」は緩やかに進行方向を南に変え始めました。出港時は雲が立ち込めていましたが、どうやら島に湿った空気がぶつかったせいで雲が発生した、ということなのかもしれません。

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