2024年8月18日日曜日

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北海道のアイヌ語地名 (1161) 「ヌタペツト・トイトツキ・ウツナイ(打内)」

 

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
地図をクリックしたら地理院地図に飛べたりします。

ヌタペツト

nutap-etu?
川の湾曲内の土地・鼻(岬)
(? = 記録はあるが疑問点あり、類型あり)
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
浦幌十勝太の南西、国道 336 号(浦幌道路)の「浦幌大橋」の南あたりの地名です。『東西蝦夷山川地理取調図』(1859) には川(=浦幌十勝川)沿いに「ヌタベト」(「ヌタベヽト」かも)と描かれています。

もともとは「ヌタペットー」という大きな沼があったのですが、浦幌十勝川との接続が断たれたからか、現在はほぼ干上がってしまったようです。

永田地名解 (1891) には次のように記されていました。

Nutap pet   ヌタプ ペッ   曲川
永田方正北海道蝦夷語地名解』国書刊行会 p.299 より引用)
どうやら nutap-pet で「川の湾曲内の土地・川」ではないかとのこと。nutap は「──土地」なので、その後に -pet(川)が続くのはちょっと妙な気もするのですが……。

重大な疑義

戊午日誌 (1859-1863) 「報十勝誌」には次のように記されていました。

またしばし過て針位巳午巳辰卯寅と転じて
     ヌタベト
右のかた小川。其名義はのた(ノタプ)計の処なるが故に号る也。
松浦武四郎・著 秋葉実・解読『戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 下』北海道出版企画センター p.360 より引用)
松浦武四郎はしれっと「のた」というアイヌ語の単語(= nutap のこと)を記してくるので油断なりませんね。「右のかた小川」とありますが、これは浦幌十勝川を川下りした時の記録と思われるので、「河口に向かって右側」と見て良いかと思われます。

ただこの記録には重大な疑義があります。「報十勝誌」にピックアップされた地名を表にまとめてみましょう。

報十勝誌北海道実測切図 (1895 頃) 陸軍図地理院地図
タフコライタㇷ゚コライ(旅来旅来タビコライ旅来
ヘツチヤラペッチャロ(鼈奴)鼈奴ベッチャロ-
ホーヌイポンヌイ--
アシ子シユムアイウㇱュニウシ(愛牛愛牛愛牛
クツタラ (*1)クッタラ (*1)--
ヌタベトピリシトー-三日月沼 (*2)
ウラホロブトオラポロプト浦幌太朝日
シチ子イシツナイ静内十勝静内川
ヲヘツコウシオペッカウシ(生剛--
-ヌタペットー- (*3)- (*3)
ヘツモシリ (*4)- (*4)--
渡し場十勝十勝太十勝太
*1 報十勝誌には「右の方小川有」とあるが、北海道実測切図には川の北側(=左のかた)に描かれている
*2 陸軍図には大津川(=十勝川)の河跡湖として「三日月沼」が描かれていて、地理院地図の「三日月沼」とは位置が異なる(但し「三日月湖」という一般名詞もあるため、「三日月沼」は必ずしも移転地名とは言えない)
*3 陸軍図には沼が描かれているが、地理院地図では大半が湿地として描かれている
*4 東西蝦夷山川地理取調図と北海道実測切図には河口付近に中洲が描かれているが、陸軍図では小さな河跡湖が描かれていて、既に中洲とは呼べない状態だったと思われる


これを見てわかる通り、戊午日誌「報十勝誌」が記録する「ヌタベト」と『北海道実測切図』の「ヌタペットー」は位置が全く異なるのですね。もちろん松浦武四郎が順番を間違えて記録した可能性もゼロではないのですが……。

「報十勝誌」の更なる疑義

戊午日誌「報十勝誌」には更に見過ごせないことが記されていました。「針位巳午巳辰卯寅と転じて」とあるのですが、これを現代風に書き直すと「南南西・南西・西北西」となるように思われるのですね。旅来から十勝太に向かって舟行したのであれば、明らかに方向がおかしいのです。

ただ、現在の「三日月沼」が浦幌十勝川の河跡湖で、松浦武四郎が舟行した際は「河跡湖」ではなく現役の川だったと仮定すると、「南南西・南西・西北西」に向かうタイミングがあったとしても不思議ではありません。その場合、そこには巨大は nutap(川の湾曲内の土地)があったことになりますし、nutap の先端を nutap-etu で「川の湾曲内の土地・鼻(岬)」と呼んだのではないか……と考えてみました。

もっとも、これだと「報十勝誌」に「右のかた小川」とあるのがおかしなことになるのですが……。たまたま nutap の右側に川が流れていた、ということでしょうか……?

トイトツキ

to-etok
沼・奥
(記録あり、類型あり)
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
浦幌町ヌタペツトの南、ギリギリ豊頃町のエリアに通称「トイトッキ浜のトーチカ」と呼ばれる、日本軍が建設したトーチカ(跡)があります。トーチカの西に「トイトッキ沼」という河跡湖があり、その西側一帯が浦幌町トイトツキです。

東西蝦夷山川地理取調図』(1859) には、現在の「トイトッキ沼」に相当する位置に「トイトウ」と描かれています。ただ『北海道実測切図』(1895 頃) には「コイト゚イエ」と描かれています。

あ、よく見ると『東西蝦夷山川地理取調図』にも「トイトウ」の近くの海岸部に「コエトイ」とありますね。稚内の「声問」や釧路の「恋問」と同じく koy-tuye で「波・切る」と読めます。時折、波によって浜堤が切られる場所だったのでしょう。

「トイトツキ」あるいは「トイトッキ」については、浦幌町史に次のように記されていました。

 トイトッキ
 「トー・エトク」と発音する。
 「トー」は「沼」、「エトク」は「……のきわめ……のきわまるところ」の意味で、「沼のきわ(はて)」「沼に突端」の意味をもつ地名である。
 発音を「トー・ライ・エトク」とすると「湿の水たまりの突端」、地名解にいう「沼水の腐りて黒くなりたるきわめ処」となる。現地はいずれの解釈もなりたつ湿地帯である。
(豊頃町史編さん委員会「豊頃町史」p.63 より引用)※ 原文ママ
「地名解にいう」とあるので「えっ」と思ったのですが、永田地名解 (1891) には「コイ ト゚イエ」の項はあっても「トイトッキ」についての記載はありませんでした。to-etok で「沼・奥」と見て良いかと思われます。湧別町の「登栄床」と同じような地名と言えそうですね。

ウツナイ(打内)

ut-nay
肋・川
(記録あり、類型あり)
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
トイトッキ沼の西、十勝川の北を「ウツナイ川」が流れています。地名としての浦幌町ウツナイは国道 336 号の西側一帯で、町境となっている「ウツナイ川」の南側は「豊頃打内うつない」です。

この「ウツナイ川」は『東西蝦夷山川地理取調図』(1859) にも「ウツナイ」と描かれていて、『北海道実測切図』(1895 頃) にも「ウッナイ」と描かれています。

更科源蔵さんの『アイヌ語地名解』(1982) には次のように記されていました。

 打内太(うつないぶと)
 農頃町の字名。池田町に接した十勝川右岸。アイヌ語ウツナイプトで、ウッ・ナイは肋骨のように本流に直角に入る川であり、その合流点の意である。
(更科源蔵『更科源蔵アイヌ関係著作集〈6〉アイヌ語地名解』みやま書房 p.237 より引用)※ 原文ママ
頃町」は「豊頃町」の誤字なんですが(汗)、よく見ると「池田町に接した」とあります。実際に根室本線・十弗駅($10 駅としておなじみ)の西にも「打内太」という地名が存在したみたいです(現在は「豊頃町北栄」)。

ただ、「打内」自体の意味は更科さんが記した通り、「肋骨のように本流に直角に入る川」と見て良いかと思われます。現在の「ウツナイ川」は十勝川から分かれて十勝川に合流する川ですが、どちらも直角に近い向きで接続しています。

地名アイヌ語小辞典』(1956) には次のように記されていました。

ut-uay, -e うッナィ ①脇川;横川。もと‘あばらぼね川’の義で,沼などから流れ出た細長い川が海まで行かずに途中で他の川の横腹に肋骨がくっつくように横から注いでいるようなのを云う。(→図 A,B 参照)。②【テシオ】湿地の中にあって流れるともなく横たわっている,水の悪い,川底に草などの生えた細長い川。
知里真志保『地名アイヌ語小辞典』北海道出版企画センター p.139-140 より引用)※ 図は省略
浦幌町と豊頃町の境界を流れる川は ut-nay で『あばら・川」で「小辞典』の①の解釈に相当すると思われますが、②の解釈でも間違ってないかもしれませんね。

なお、この「横から注ぐ川」という解釈は知里さんが見出したもののようで、松浦武四郎ututka と解して「浅瀬」あるいは「せせらぎ」と捉えていました。参考までに utka の項も引用しておきましょう。

utka うッカ 川の波だつ浅瀬;せせらぎ。──本来はわき腹の意で,そのように波だつ浅瀬をさす。
(知里真志保『地名アイヌ語小辞典』北海道出版企画センター p.139 より引用)
今回は湿地の中を流れる川なので、「川の波立つ浅瀬」と言うよりは「横から合流する川」と見るべきですが、地形によっては ututka と解釈したほうが適切な場合もあるので、気をつけたいところです。

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