2024年6月23日日曜日

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北海道のアイヌ語地名 (1149) 「チャンベツ・藻治安山・ポンリニナイ沢川」

 

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
地図をクリックしたら地理院地図に飛べたりします。

チャンベツ

ya-wa-an-pet?
陸のほう・に・ある・川
(? = 記録はあるが疑問点あり、類型あり)
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
音別川の支流としては「ムリ川」と並ぶ規模の「チャンベツ川」が、音別川に西から合流するあたりの地名です。現在は「釧路市音別町チャンベツ」ですが、かつては「茶安別」という表記もあったとのこと。

東西蝦夷山川地理取調図』(1859) にはそれらしい川が描かれていません(!)が、『午手控』(1858) には「チヤンベツ 左小川」と記されていました(p.317)。なお『午手控』の頭注には「知安別」とありますが、これは標茶町と厚岸町の境界を流れる「チャンベツ川」と混同した可能性もあるかもしれません(要精査)。

北海道実測切図』(1895 頃) には「チャンペッ」と描かれています。また『角川日本地名大辞典』(1987) には次のように記されていました。

 ちゃんべつ チャンペツ <音別町>
(近代〕昭和34年~現在の音別町の行政字名。もとは音別村の一部。地名の由来は,アイヌ語のチャンベツ(内陸にある川)による。
(『角川日本地名大辞典 1 北海道(上巻)』角川書店 p.874 より引用)
うーむ。標茶と厚岸の間を流れる「チャンベツ川」と同じく ya-wa-an-pet で「陸のほう・に・ある・川」ではないか、とのこと。「ヤワアン」が「チャン」に化けるというのは飛躍があるようにも感じられるのですが、yacha に化ける癖のようなものがあったのでしょうか……。

『角川──』には出典が明記されていないのも気になるところですが、現時点では他に目ぼしい仮説も見当たらないので、やはり「陸のほうにある川」と見るしか無さそうな感じでしょうか……。

弱い川?

釧路地方のアイヌ語語彙集』に、次のような記述を見かけました。

can 〈四宅〉 Chan 弱イ,低イ[J.B.]
(釧路アイヌ語の会・編『釧路地方のアイヌ語語彙集』藤田印刷エクセレントブックス p.14 より引用)
これはジョン・バチェラーの辞書の内容を引いていると思われるのですが、『蝦和英三對辭書』(1889) には該当しそうな記述を見つけることができませんでした(見落としがあるかもですが)。

chan が「弱い」を意味したらしい……ということになるのですが、チャンベツ川の流路を遡ると、浦幌町との境界の分水嶺に沿う形でぐるっと向きを変えていることに気づきます。分水嶺に向かわずに日和って逃げた「弱い川」だったりしたら面白いなぁ……と思ったりしました。

(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)

藻治安山(もちやんやま)

mo-{ya-wa-an-pet}
小さな・{チャンベツ川}
(記録あり、類型あり)
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
チャンベツ川の南支流である「水車の沢川」を遡った先にある二等三角点の名前です(標高 380.3 m)。

北海道実測切図』(1895 頃) によると、「チャンペッ」の南を「モチャンペッ」という川が流れていることになっています。「モチャンペッ」の水源は「コイカタムリ」(=コイカタムリ川)の水源の近くとされていますが、「モチャンペッ」に相当する実際の川は「バンの沢川」で、川の長さは「実測切図」に描かれた「モチャンペッ」の半分程度しかありません。

意味するところは明瞭で、mo-{ya-wa-an-pet} で「小さな・{チャンベツ川}」だと思われます。川名としては失われてしまいましたが、近くの三角点の名前としてひっそりと残っている、ということみたいです。

ポンリニナイ沢川

pon-rikin-nay???
小さな・上へ行く・川
(??? = アイヌ語に由来するかどうか要精査)
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
チャンベツ川の上流部で南から合流する支流です。『北海道実測切図』(1895 頃) では「モチャンペッ」が過大に描かれていたからか、「ポンリニナイ沢川」に相当する川は『北海道実測切図』にも描かれていません。

「ポン」は pon で「小さな」を意味し、「ナイ」は nay で「川」あるいは「沢」を意味するのですが、「リニ」が意味するところが明瞭ではありません。

rikin に「上へ行く」「登る」と言った意味があるので、pon-rikin-nay で「小さな・上へ行く・川」だった可能性があるかもしれません。「キ」が「ニ」に化けたのは転訛かもしれませんし、あるいは「キ」の縦棒が落ちて「ニ」に化けた可能性もあるかも……?

例によってですが、陸軍図よりも古い時代の資料で川名が確認できないため、アイヌ語地名としては「要精査」としています。

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