(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
地図をクリックしたら地理院地図に飛べたりします。
馬主来(ぱしくる、ぱしゅくる)
(? = 記録はあるが疑問点あり、類型あり)
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
白糠町と釧路市(旧・音別町)の境界に位置する沼の名前で、沼の上流は同名の川が流れています。「馬主来」は沼の東西の地名ですが、白糠町側が「ぱしゅくる」で釧路市側が「ぱしくる」と読ませています(釧路市音別町『東西蝦夷山川地理取調図』(1859) には「ハシクロ」という沼が描かれていて、『北海道実測切図』(1895 頃) では「パㇱュクル」と描かれています。
上原熊次郎の『蝦夷地名考幷里程記』(1824) には次のように記されていました。
パシクロ 休所 シラヌカ江二里余
夷語パシクロとは鴉の事。昔時、夷人漁事に沖合へ出し處、霧深く懸りて方角を失ひしに、此沼の邊にて、鴉の啼声するを幸ひ目當になし、此所へ上陸せしより字になすといふ。
(上原熊次郎『蝦夷地名考幷里程記』草風館『アイヌ語地名資料集成』p.62 より引用)
paskur は「カラス」を意味します。海に漁に出たところ、霧が出て陸地の方角を見失ってしまったものの、カラスの鳴き声がする方に向かったところ、無事戻って来ることができた……というストーリーのようです。加賀家文書『クスリ地名解』(1832) には次のように記されていました。
ハシクロ ハシクル烏
昔蝦夷人ども釣物漁に沖え出しに、モヤ懸り東西不二相訳一当惑いたし居候所、当所より烏の鳴声を聞ひ、夫を便りに此地え無事着のため斯名附よし。
(加賀伝蔵・著 秋葉実・編「加賀家文書」北海道出版企画センター『北方史史料集成【第二巻】』 p.255 より引用)
『東蝦夷日誌』(1863-1867) にも次のように記されていました。(二十四丁十間)ハシクロ〔嘴黒〕(沼有、周一里半、小休所)、此沼口破れ、時化の時は船渡になるよし。依て平日は馬船川原引上有。此切口、雨後は砂和らかにして蹈込甚危し。名義は烏の事也。昔白糠土人鱈釣に出、吹流されし時、濛靄深く何處共知れ難かりしに依て、海神に祈りしかば、空に鴉の聲致せし故、其聲をしたひしたひ陸の方へ船を寄せしかば、此沼に到しと。
(松浦武四郎・著、吉田常吉・編『新版 蝦夷日誌(上)』時事通信社 p.297 より引用)
ここまでストーリーの骨格がどれもほぼ同じなのは注目に値しますね。更に 30 年近く後の永田地名解 (1891) にも、次のように記されていました。Pashkuru パシュクル 鴉 此處ノ沼口ニ附ケタル稱ナリ往時海霧ノ爲メニ舟路ヲ辨セズ鴉聲ヲ聞テ舟ヲ海岸ニ着ケタル故事ナリただ、「カラスが啼いたから『パシクル』」というのはあまりによく出来たストーリー……という印象があります。他の意味があったんじゃないか……と考えてみたのですが、秦檍麻呂の『東蝦夷地名考』(1808) に次のように記されていました。
一 パシクルトウ
パシは炭の名、烏蜆も亦同じ。クルは衆と訓す。此湖中に蜆を産す故に名となれり。
(秦檍麻呂『東蝦夷地名考』草風館『アイヌ語地名資料集成』p.32 より引用)
あー。これは(個人的には)腑に落ちる解釈です。戊午日誌 (1859-1863) 「西部能登呂誌」には「ハシクロセイ 蜆の事也」とあり、また知里さんの『動物編』(1976) には『藻汐草』(1804) からの引用で páskunto が「イガイ」を意味するとあります。「馬主来沼」にはシジミ、あるいはイガイなどの食用の貝が多くあり、そこからカラスの伝説が生まれた……と考えたいところです。
ウライニカル川
(??? = アイヌ語に由来するかどうか要精査)
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
馬主来沼の北で馬主来川に注ぐ西支流です。いかにもアイヌ語由来っぽい川名ですが、不思議なことに『北海道実測切図』(1895 頃) には「シュプンオペッ」と描かれています(supun-o-pet あるいは supun-ot-pet で「うぐい・多くいる・川」)。「ウライニカル」は uray-nikar で「梁・はしご」と読めますが、あるいは uray-ni-kar で「梁・木・取る」と解することもできます。梁の材料となる木を集める川だった……と考えることもできますが、古い地図に存在を確認できないので「要精査」とせざるを得ません。
パケレップ川
(??? = アイヌ語に由来するかどうか要精査)
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
「ウライニカル川」の北で馬主来川に合流する西支流です。この川名も『北海道実測切図』(1895 頃) には見当たりません。音からは pake-rer-pet で「岬頭・山かげ・川」と解釈できそうで、これは実際の地形にも合致するのですが、あるいはもっと単純に peker-pet で「清冽な・川」かもしれません。
この「パケレップ川」も古い地図に存在を確認できないので「要精査」です。
ペンパナ川
(??? = アイヌ語に由来するかどうか疑わしい)
「パケレップ川」の北で馬主来川に合流する西支流です(テンプレ化しましたね)。この川名も『北海道実測切図』(1895 頃) には見当たりません。pen は「川上の」を意味し、pana は「川下の方」を意味します。「パナ」が「パケ」の誤字だと考えれば一応筋は通るのですが、困ったことに北隣に「ペンパケ川」が実在するため、この(甚だ強引な)推測も封じられてしまいました。
「ペンパナ」という川名は何らかの省略形である可能性があるのですが、現時点ではこれ以上の推測はできないというのが正直なところです。
ペンパケ川
(??? = アイヌ語に由来するかどうか要精査)
「ペンパナ川」の北で馬主来川に合流する西支流です。この川名も『北海道実測切図』(1895 頃) には見当たりません。pen は「川上の」を意味するので、pen-pake-rer-pet が略された……と考えることも一応は可能でしょうか。「川上の・岬頭・山かげ・川」となるので、実際の地形にも即していると言えなくも無い……かも。
www.bojan.net
Copyright © 1995- Bojan International
0 件のコメント:
コメントを投稿