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進行方向左手には灌木が目立つようになってきました。
このあたりは「苫東開発」こと「苫小牧東部地域開発計画」のエリアで、巨大な工業地帯になっている……筈だったのですが、今のところは灌木が繁茂する原っぱが広がっています。
ちなみにこの写真は、(いつも通り)HDR トーンを適用した上で、シャドウ部分のカーブを引き上げて暗い部分を明るく補正しています(あと色味もちょちょいと修正)。元の写真はこんな感じで、このほうが趣があるような気も……(汗)。
河跡沼を過ぎたあたりから、灌木はほぼ姿を消し、茫洋とした草原が広がります。
道路の築堤が見えてきましたが、これは道道 781 号「苫小牧環状線」とのこと。「環状」とは何か、という哲学的な問いを投げかける道路のひとつです。
勇払駅
苫小牧行き 2236D は速度を落としました。間もなく勇払駅のようです。スロープとホーム上屋が見えてきましたが、見事にピントが合いませんでした(涙)。
気を取り直してもう一度。あっ、ここで乗車するお客さんでしょうか?
現在の勇払駅は 1 面 1 線の棒線駅ですが、かつては 1 面 2 線の列車交換可能な構造だったそうです。また駅のすぐ近くに「山陽国策パルプ」の工場があり(現在の「日本製紙北海道工場」)、駅から工場に専用線も伸びていました。
駅舎はどこに
1978(昭和 53)年頃の航空写真を見ると、駅とホームの間は跨線橋で結ばれていて、駅前には山陽国策パルプの社宅がずらっと並んでいたようです。
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
今は社宅は姿を消し、駅舎すら見当たらないように思えますが……実は、さっき見かけた建物が勇払駅の駅舎でした。1960 年代っぽい雰囲気がありますが、それもその筈で……。
苫小牧港(西港)の建設にともない日高本線の線路が分断されることになったため、日高本線は勇払駅の東で内陸側に進路を変えることを余儀なくされました。これにともない勇払駅も 0.6 km ほど北の新ルート上に移転したのですが、その際に建設されたのが現在の駅舎とのこと。
ホームと駅舎が少し離れているように感じられるのは、その間にかつての 1 番線と山陽国策パルプ専用線が通っていたから、かもしれません。
かつての島式ホーム
ホームはかつて島式だったことを忍ばせる状態で、ちゃんと「本場の味」もあります。ホームの向こうに見えるのは、山陽国策パルプの社宅が立ち並んでいたあたり……の筈です。駅名標も見えます。ひどい逆光ですが、目一杯補正してお届けしています。
おっ、ちょうどいい具合に夕陽が隠れてくれたでしょうか。駅名標の隣にも「本場の味」があったんですね。
せっかくなので駅名標と「本場の味」のツーショットも。
長かった日高本線も(大半はバス代行でしたが)あと一駅ですね。
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