2024年3月2日土曜日

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北海道のアイヌ語地名 (1119) 「チプタナイ・乳呑・泊別」

 

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
地図をクリックしたら地理院地図に飛べたりします。

チプタナイ

chip-ta-nay
舟・作る・川
(記録あり、類型あり)
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
白糠町立庶路学園」の北を流れる「チプタナイ川」流域の地名です。かつては根室本線から「明治鉱業庶路炭鉱専用線」が伸びていたところです。

東西蝦夷山川地理取調図」(1859) には「チフタナイ」という川が描かれていました。永田地名解 (1891) には次のように記されていました。

Chip ta nai   チㇷ゚ タ ナイ   舟ヲ作ル澤
永田方正北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.324 より引用)
chip-ta-nay で「舟・作る・川」と見て良さそうですね。丸木舟の材料となる木が多く自生していた……ということなのでしょうね。

乳呑(ちのみ)

chi-nomi
我ら・祀る
(記録あり、類型あり)
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
JR 根室本線・庶路駅の北、庶路川の東の地名です。川も流れていますが、名称は不詳です(栗城川では無いほう)。

東西蝦夷山川地理取調図」には「チノミ」という名前の川が描かれています。川の名前としてはちょっと変なのですが、戊午日誌 (1859-1863) 「東部久須利誌」にも次のように記されていました。

     チ ノ ミ
 右のかた小川。此処先公料の時の一里杭有りし由也。
松浦武四郎・著 秋葉実・解読「戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 上」北海道出版企画センター p.523 より引用)
うーむ、やはり「川」として扱われていますね。

永田地名解 (1891) には次のように記されていました。

Chi nomi   チノミ   祭場 熊ヲ供ヘ神ヲ祭ル處
永田方正北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.324 より引用)
chi-nomi で「我ら・祀る」と読めます。chi-nomi-sir で「我ら・祀る・山」となるのが一般的なので、川の名前というのは違和感があるのですが、「チノミシリから流れる川」と考えるべきなのかもしれませんね。

泊別(とまりべつ)

to-para-pet
沼・広い・川
to-par-pet
沼・入口・川
(記録あり、類型あり)
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
庶路川に「トマリベツ川」という東支流があり、その流域の地名が「泊別」です。海から 5 km 以上内陸側に「泊」があるのも妙だな……と思ったのですが、「東西蝦夷山川地理取調図」(1859) には「トワルヘツ」と描かれていました。

なるほど、tuwar-pet で「生ぬるい・川」か……と思ったのですが、「北海道実測切図」(1895) には「トーパラペッ」とあります。あわてて戊午日誌 (1859-1863) 「東部久須利誌」を見てみると……

     トハルベツ
 右のかた小川。此辺り山道に入るよし也。
松浦武四郎・著 秋葉実・解読「戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 上」北海道出版企画センター p.523 より引用)
なるほど、「トワルヘツ」とも「トーパラペッ」とも取れる書き方になっていますね。明治時代の記録は軒並み「トーパラペッ」なので、「トワルヘツ」は一旦捨てて良さそうにも思えます。

「トワルヘツ」ではなく「トーパラペッ」?

永田地名解 (1891) には次のように記されていました。

To para pet   トー パラ ペッ   廣川
永田方正北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.324 より引用)
あー、知里さんが「単語の一つや二つは飛ばして訳し」とブチ切れてそうな書きっぷりですね。to-para-pet を敢えて逐語的に訳すと「沼・広い・川」ですが、永田地名解では to がどっかに行ってしまっています。

鎌田正信さんの「道東地方のアイヌ語地名」(1995) には、次のように記されていました。

 トー・パラ・ペツ「to-para-pet 沼・広い・川)の意か、あるいはトーパル・ペツ「to-par-pet 沼・入りぐち・川」とも解せられる。かつて、この付近には沼があったのだろうか。
(鎌田正信「道東地方のアイヌ語地名【国有林とその周辺】」私家版 p.231 より引用)
ということで陸軍図を見てみると、現在の「トマリベツ川」の流域は見事に湿地として描かれていました。面白いことに庶路川の流域は砂地、もしくは単なる平地で、トマリベツ川の流域だけが湿地として描かれています。

陸軍図では川名が(現在と同じ)「トマリベツ川」となっているので、どうやら「トマリベツ川」というあらぬ川名を生み出したのは陸軍図が元凶かも……。

陸軍図を見た感じでは、「トーパラペッ」をそのまま to-para-pet で「沼・広い・川」とも読めそうですし、「トハルベツ」に近い to-par-pet で「沼・入口・川」と解釈しても良さそうに思えます。どちらでも通用した可能性もありそうですね。

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