2024年1月21日日曜日

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北海道のアイヌ語地名 (1108) 「シュンクシタカラ川・ベルプナイ川」

 

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
地図をクリックしたら地理院地図に飛べたりします。

シュンクシタカラ川

sunku-us-{sitatkar}
エゾマツ・多くある・{舌辛川}?
(? = 記録はあるが疑問点あり、類型あり)
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
阿寒布伏内舌辛川に西から合流する支流です。「東西蝦夷山川地理取調図」(1859) には「シユンクウシシタカロ」という支流が描かれています。実際よりもかなり短い川として描かれてしまっていますが、この辺は聞き書きのようなので、どうしても限界があるということでしょうか。

戊午日誌 (1859-1863) 「安加武留宇智之誌」には次のように記されていました。

しばらく上りてシユンクウシシタカロ、此処左小川有。其山に松多しと。其山の麓を廻り来る川なれば此名有るよしなり。
松浦武四郎・著 秋葉実・解読「戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 上」北海道出版企画センター p.266 より引用)
「シュンクシタカラ」だと sunku-{sitatkar} で「エゾマツ・{舌辛川}」となってしまうので、ちょっと収まりが悪いなぁ……と思っていたのですが、sunku-us-{sitatkar} で「エゾマツ・多くある・{舌辛川}」であれば収まりの悪さは解決できそうな感じです。

ちょいと余談

ただ改めて考えてみると、「舌辛川」が {si-tat}-kar で「{うだいかんばの樹皮}・採る」だとすれば、sunku-us-{si-tat}-kar は「エゾマツ・多くある・{うだいかんばの樹皮}・採る」ということになってしまいます。

もちろん {si-tat}-kar が固有名詞化した……と言えばそれまでの話なのですが、これってやっぱ si-tu-kor の可能性もあるんじゃないかな……と考えたくなってしまいます(詳しくは北海道のアイヌ語地名 (1107) 「タンチナイ・サルナイ沢・居院内」をご覧ください!)。

ベルプナイ川

pet-tun-nay??
川・間・川
(?? = 記録はあるが疑問点あり、類型未確認)
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
釧路阿寒布伏内の北で舌辛川に西から合流する支流です。「東西蝦夷山川地理取調図」には「ヘルナイ」と描かれています。「ヘルナヽイ」のようにも見えますが、戊午日誌 (1859-1863) 「安加武留宇智之誌」には「ベルナイ」とあるので、やはり「ヘルナイ」と見るべきでしょうか。

「北海道実測切図」(1895) には「ペルツナイ」と描かれていました。小さな川の名前は省略される傾向にある「陸軍図」にも「ペルツナイ川」と描かれているので、そこそこの規模の川として認識されていたようです。

ペルツナイ? ベルプナイ?

「ペルナイ」がいつの間にか「ベルナイ」に変化しているのですが、1966(昭和 41)年に出版された「阿寒町史」では「ペルッナイ」とあるので、少なくともその後……もしかしたら平成に入ってから……に *修正* された可能性がありそうです。

「ベルプナイ」であれば、十勝の「歴舟川」と同じく pe-rupne-i で「水・大きくなる・もの(川)」と読めそうです。ベルプナイ川はシュンクシタカラ川と比べると短いものの、他の支流と比べるとそこそこ長い川で、流域に雨が降ると一気に水かさが増える川である可能性もありそうなので、自然なネーミングのようにも思えます。

泉の谷川? 泉と峰の川?

ただ問題は「北海道実測切図」以来「ペルナイ」とある点で、「阿寒町史」は次のような解を記していました。

 ペルッナイ(通称水車の沢)
「ペル・ト゚ンナイ」または「ペル・ト゚ゥナイ」と発音し、前者の場合は「泉の谷川」となり後者の場合は「ペル」は「泉」で「ツ」は「ト゚ゥ」と発音して「峰」の意味になるから「泉と峰の川」となる。
(阿寒町史編纂委員会・編「阿寒町史」阿寒町 p.64-65 より引用)
鎌田正信さんの「道東地方のアイヌ語地名」(1995) にも、次のように記されていました。

 ペル・トゥン・ナィ(peru-tun-nay 泉の・谷川)の意か、あるいはペル・トゥ・ウン・ナィ(peru-tu-nu-nay 泉の・山の走り根・にある・川)とも読める。現地の状況をみると、後の解が、自然の形であろうと見受けられた。
(鎌田正信「道東地方のアイヌ語地名【国有林とその周辺】」私家版 p.263 より引用)※ 原文ママ
めちゃくちゃそっくりですが、よーく見ると {pe-ru}-tu-nay{pe-ru}-tu-nu・・-nay がびみょうに異なるでしょうか(鎌田さんの peru-tu-nu-nay という解の nu-un- の間違い)。

{pe-ru} は他ならぬ「地名アイヌ語小辞典」(1956) にも記載のある語なので、似た発想になるのも理解できなくは無いのですが、果たして本当に泉があったのか、正直ちょっと疑っています。pe-ru という音ありきで解を創出した可能性もありそうに思えるんですよね(まぁ人のことをとやかく言えた義理では無いのですが)。

崩れる? 凍っている?

既存の解が今ひとつしっくり来ないので(その判断基準はどうかと思うよ)、ちょっと試案を考えてみたいのですが……。

rutke で「崩れる」という意味の語があるので、pe-rutke-nay だと「水・崩れる・川」となったりするでしょうか。ただこれだと意味不明な上に「ペルッケナイ」になり、都合よく「ケ」だけが抜け落ちるというのも……髪は長~い友達なのでそうあっては困るというか……(何の話だ)。

rupus で「凍っている」という意味の語もあり、これは rup-us で「氷・ついている」と分解できるとのこと。pe-{rup(-us)}-nay で「水・{凍っている}・川」となったりするかなーと思ったりもしたのですが、これだと改めて pe- を冠する必要がなさそうにも思えるんですよね。

川の間の川?

「阿寒町史」の「ペルッナイ」という表記を見て「然もありなん」と思ったのですが、よく見ると「『ペル・ト゚ンナイ』または『ペル・ト゚ゥナイ』」とあります。となると、これは「ッ」ではなく「ツ」と見るべきですよね。

{pe-ru}-tun-nay という解は、{pe-ru} が不自然なのでそっちに目が行ってしまうのですが、tun-nay は極めて自然な解に思えるんですよね。改めて「地名アイヌ語小辞典」を見てみたところ……あっ!

tun-nay, -e と゚ンナィ 《雅》谷川。[<utun-nay<utur(間)nay(川)?]
知里真志保「地名アイヌ語小辞典」北海道出版企画センター p.134 より引用)
長考すること約半時間ほど、久しぶりにパズルのピースが嵌った感が……! 先に「ベルプナイ川はシュンクシタカラ川と比べると短いものの、他の支流と比べるとそこそこ長い川で」と記しましたが、ベルプナイ川は「舌辛川」と「シュンクシタカラ川」の間を流れている、とも言えるんですよね。

「ペルツナイ」あるは「ベルプナイ川」は pet-tun-nay で、そもそもの意味は pet-utun-nay で「川・間・川」だったのではないでしょうか。

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