2024年1月18日木曜日

ジェイ・アール北海道バス 日勝線の旅 (20) 「百人浜」

様似行きのバスは襟裳岬に向かってゆったりと走り続けます。
【ご注意ください】この記事の内容は、特記のない限りは 2017 年 5 月時点のものです。各種サービスの実施状況や利用時間などが現在と異なる可能性があります。

料金表には「次は『百人浜』です」と表示されています。NAVITIME でバス停を確認すると、庶野の「千平口」バス停と襟裳岬の「岬小学校前」バス停の間は 10.5 km ほど離れていて、その間に唯一存在するバス停が「百人浜」バス停とのこと。
前方に「えりも岬 8 km」という青看板が見えてきました。下にはサイケなデザインの地形図らしきものが描かれているようですが……
現況を確かめたところ、随分と小綺麗な看板になっていました。……取り替えたんでしょうね。さりげなく「えりも岬」が「襟裳岬」に変わっているのも要注意です。

百人浜バス停

右側に駐車場が見えてきました。何故こんなところに駐車場があるのか謎ですが、どうやら海側に「百人浜展望台」があるとのこと。
この交叉点が「百人浜オートキャンプ場」に向かうメイン道路だったようですね(少し前に見たのは「裏口」とも言える道路だったみたいです)。量産型のバス待合室も見えます。
奥にはドライブインのような建物も見えますが、Google マップには表示されていないので、既に営業していないのかも……?


「百人浜」バス停を通り過ぎてさらに南に向かうと、左右に林が見えてきました。これが噂の防砂林でしょうか……?
前方に、木の生えていない丘が見えてきました。きっと常に強烈な風が吹いていて、樹木が根付かないのでしょうね。
「百人浜」はおそらく和名由来で、文化三年(1806) に南部藩の船が襟裳岬で遭難し、船の乗組員は百人浜に漂着したものの飢えと寒さで亡くなったことに由来する……と言われているようですね。また、シャクシャインの戦いの際に大勢の和人がこの浜で殺された……という異説もあるようです。いずれにせよ過去に大勢の人が亡くなったという伝承のようで、現在も不毛の地……かと思ったのですが、
おやっ、海沿いに民家が立ち並んでいますね(どことなく鴨川の河原のような間隔で)。ここは百人浜の南端……と言うよりは、既に襟裳岬えりも岬集落(集落の名前はひらがなみたいです)の北端という位置づけのようです。

謎の賑わいを見せる「岬小学校前」バス停

前方にえりも町えりも岬の集落が見えてきました。地理院地図では海側に「オクイマス」と記されていますが、由来が気になりますね……。
「岬小学校前」バス停が近づいてきました。珍しく進行方向左側に待合室があります。
ところで、待合室の前が謎に盛り上がっているのですが、これは一体……? 大勢でお見送り、でしょうか……?

次は「えりも岬」です

道道 34 号「襟裳公園線」は上り坂に差し掛かりました。襟裳岬の駐車場は 標高 50 m ほどのところにあるので、30 m 近くの高低差を一気に駆け上がることになります。
運賃表に「次は『えりも岬』です」と表示されました。テンション上がりますね……!
坂を登るということは高台からの眺めを堪能できるということですが、おやっ、左の沖合に陸地が……!?
襟裳岬の東の沖合には島は無い筈なので、これはおそらく庶野のあたりなんでしょうね。もう少し左には百人浜が見えている筈ですが、それをカットしたことであらぬ島があるような写真になってしまいました。

【おことわり】本記事内の写真は以下の目的のために Adobe Firefly の生成 AI による生成塗りつぶしを使用しているものがあります:ダストノイズ除去

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