2023年9月17日日曜日

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北海道のアイヌ語地名 (1073) 「ヲクトスベ・ポンタラウシ・別尺泊」

 

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
地図をクリックしたら地理院地図に飛べたりします。

ヲクトスベ

o-kut-us-pet
河口・帯状に岩のあらわれている崖・ついている・川
(記録あり、類型あり)
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
釧路町古番屋(かつての仙鳳趾)の 0.6 km ほど南東にある地名です。例によって地理院地図には記載がありませんが、Google Map や Mapion などには記載されています。

東西蝦夷山川地理取調図」(1859) には「ヲークトシベ」と描かれていました。古番屋(かつての仙鳳趾)から先は海沿いを進むと(尻羽岬経由)明らかに遠回りになるため、山道をショートカットして初無敵そむてきに出る場合が多かったようで一気に記録が少なくなるのですが、幸いなことに加賀家文書の「クスリ地名解」(1832) に次のように記されていました。

ヲークトシヘ ツヲホ・トシ・ヘツ 深・縄・川
  極小川に候得共、磯より少し引上り深く縄のよふに長きを名附由。
(加賀伝蔵・著 秋葉実・編「加賀家文書」北海道出版企画センター『北方史史料集成【第二巻】』 p.263 より引用)
ooho-tus-pet で「深い・縄・川」と解したのでしょうか。tus は「縄」を意味しますが、同時に「蛇」の忌み言葉でもあるので、あるいは蛇が良く出る川だった……という可能性もあるかもしれませんね。やや珍妙な解にも思えますが、「ヲークトシヘ」と「ヲークトシベ」がそっくりなところが気になります。

また「東蝦夷日誌」(1863-1867) には次のように記されていました。

(五丁廿四問)ヲトクトシベ(大岩)名義、岩岬段々になるを以て號く。
松浦武四郎・著、吉田常吉・編「新版 蝦夷日誌(上)」時事通信社 p.320 より引用)
永田地名解 (1891) には次のように記された箇所があります。これが「ヲクトスベ」のことでしょうか?

O-kut ush pet   オクッ ウシュ ペッ   層瀑川 段々ニナリタル瀧川ニ名クト云フ
永田方正北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.333 より引用)
明治時代の地形図にも「オクッウシュペツ」と描かれていました。あ、伊能忠敬の「大日本沿海輿地図 (1821) 」にも「ヲクトシベ」と描かれていますね。今更ですが表にしてみるとこんな感じです。

大日本沿海輿地図 (1821)ヲクトシベ
加賀家文書「クスリ地名解」 (1832)ヲークトシヘ
初航蝦夷日誌 (1850)-
竹四郎廻浦日記 (1856)-
東西蝦夷山川地理取調図 (1859)ヲークトシベ
東蝦夷日誌 (1863-1867)ヲトクトシベ
永田地名解 (1891)オクッ ウシュ ペッ
明治時代の地形図 (1897 頃?)オクッウシュペツ
Google Mapヲクトスベ

この表を見ると、「東蝦夷日誌」の「ヲトクトシベ」が若干ノイズっぽい感じで、あとはほぼ似たような表記になっています。kut は「帯状に岩のあらわれている崖」なので、o-kut-us-pet は「河口・帯状に岩のあらわれている崖・ついている・川」と見て良さそうな感じですね。

ポンタラウシ

pon-taor-us-i???
小さな・川岸の高所・ついている・もの(川)
(??? = アイヌ語に由来するかどうか要精査)
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
ヲクトスベから 1 km ほど南東にある海沿いの地名です。「東西蝦夷山川地理取調図」(1859) にはそれらしい地名が見当たりません。

辞書には、tara は「俵」を意味する日本語からの借用語彙とあります。なんとなく地名にはなりそうに無い感じでしょうか。

地名でちょくちょく見かける語としては taor があり、「地名アイヌ語小辞典」(1956) には次のように記されています。

taor, -i/-o  タおㇽ ①川岸の高所。②【ビホロ】[<ra-or(低・所)]。沢の中;低い所。
知里真志保「地名アイヌ語小辞典」北海道出版企画センター p.128 より引用)
この taor、「高い所」なのか「低い所」なのか今ひとつ釈然としないところもあるのですが、現地の地形を見た感じでは「川岸の高所」と見たほうがしっくり来るでしょうか。pon-taor-us-i で「小さな・川岸の高所・ついている・もの(川)」で、「別尺泊2号川」の流域を指したのかな……と想像してみました。

「アザラシが多い」説?

ちょっと気になる点として、加賀家文書「クスリ地名解」(1832) は「ヲークトシヘ」(=ヲクトスベ)の東隣の地名として次のように記しています。

トカリヱシユヘツ トカリ・ウシ・イショ・ベツ あざらし・居・名の(磯)・川
  此所に滝有。
(加賀伝蔵・著 秋葉実・編「加賀家文書」北海道出版企画センター『北方史史料集成【第二巻】』 p.263 より引用)
これは tukar-us-iso-pet で「アザラシ・多くいる・水中の水かぶり岩・川」と読めるのですが、tukar-us だと「トゥカルシ」で「タラウシ」と似ているような、そうでもないような……(どっちだ)。

「トカリヱシユヘツ」は「ヲクトスベ」と「別尺泊」の間に記録されているので、「ポンタラウシ」と同じ、あるいは極めて近い場所だった可能性があるので、「トゥカルシ」が「タラウシ」に化けた……のかも?

別尺泊(べつしゃくどまり)

pe-sak-tomari
水・持たない・泊地
(記録あり、類型あり)
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
ポンタラウシと尻羽岬(シリッパ岬)の間の地名で、地理院地図にも記載がありますが、何故か Google Map の「ポンタラウシ」の位置に「別尺泊」の文字があります。

「東西蝦夷山川地理取調図」(1859) には「ヘツシヤクトマリ」と描かれています。明治時代の地形図には「ペシヤクトマリ」とあり、陸軍図には「別尺泊」とあります。

「川の乾く船着場」説

北海道地名誌」(1975) には次のように記されていました。

 別尺泊(ぺっしゃくどまり)厚岸湾に面した小漁村。アイヌ語「ペッ・サㇰ・トマリ」で,川の乾く舟着場の意。
(NHK 北海道本部・編「北海道地名誌」北海教育評論社 p.670 より引用)※ 原文ママ
一般的には「乾く」は sat で、pet-sak-tomari だと「川・持たない・泊地」になりそうですが、これは意訳したということでしょうか。

「水際の崖の傍の船着場」説

鎌田正信さんの「道東地方のアイヌ語地名」(1995) には、次のように記されていました。

ぺㇱヤクトマリ
別尺泊(地理院 営林署図)
 尻羽岬から厚岸湾に向かう、海岸線1.5キロ付近の地名である。
 ベㇲサㇺ・トマリ「pes-sam-tomari 断崖のそばの、船着場(入江)」の意である。
(鎌田正信「道東地方のアイヌ語地名【国有林とその周辺】」私家版 p.284 より引用)※ 原文ママ
ふむふむ。確かに pes-sam-tomari で「水際の崖・傍・泊地」と読めますね。

ボンサー泊???

「東蝦夷日誌」(1863-1867) には次のように記されていました。

(一丁五十間)サクシヽエト(岬)名義、夏分喰料を取に行義なりと。(四丁五十問)チエクベツ、(一丁四十間)ボンサクシヽ、(三丁廿間)ボンサー泊〔別尺泊〕(大平)、大岩峨々、質に天下の奇観也。
(松浦武四郎・著、吉田常吉・編「新版 蝦夷日誌(上)」時事通信社 p.320 より引用)
「ボンサー泊」が「別尺泊」だと言うのですが……これは一体……?

「水を持たない泊地」説

幸いなことに「クスリ地名解」(1832) に答らしきものがありました。

ホンサートマリ ベ・(サク)・トマリ 水・無・澗
  此所小澗御座候得共、汐干に相成候節は(陸)同様に相成故右名附由。
(加賀伝蔵・著 秋葉実・編「加賀家文書」北海道出版企画センター『北方史史料集成【第二巻】』 p.263 より引用)
小さな泊地があるものの、どうやら水深が比較的浅かったようで、干潮の際には陸のようになる……とありますね。実はそっくりの記述が「午手控」(1858) にもありました。

ヘシヤクトマリ
 (本名)ベーシャクトマリ。水無澗也と云
(松浦武四郎・著 秋葉実・翻刻・編「松浦武四郎選集 六」北海道出版企画センター p.342 より引用)
どうやら pe-sak-tomari で「水・持たない・泊地」と考えられそうですね。pes-sam-tomari も違和感のない解ではありますが、古い記録が軒並み「シヤク」なのがやや不利に働くでしょうか。

まさかの「鍋無し泊」説

ということで、どうやら pe-sak-tomari でいいんじゃないか……という雰囲気になってきましたが、永田地名解 (1891) にはこんな解が記されていました。

Shu satk tomari   シュウ サック トマリ   鍋ナシ泊
(永田方正「北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.333 より引用)
あの……、もしもし? どうやら「東西蝦夷──」にある「サクシヽ」を

Sak shu ushi   サㇰ シュウ ウシ   夏鍋
(永田方正「北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.333 より引用)
と考えたらしく、そこからの類推なんだと思われますが、そもそも「夏鍋」自体が限りなく意味不明なのが……。この調子だと「尻羽岬」も「ジンパ」(ジンギスカンパーティ)になりそうで、続報が待たれますね(ぉぃ)。

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