2023年8月26日土曜日

北海道のアイヌ語地名 (1066) 「尾幌・来別」

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
地図をクリックしたら地理院地図に飛べたりします。

尾幌(おぼろ)

oo-poro-pet??
深い・大きな・川
(?? = 典拠あるが疑問点あり、類型未確認)
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
厚岸町西部から東に向かって流れて厚岸湖(別寒辺牛川)に注ぐ川の名前で、現在は上流部が「尾幌分水」により厚岸湾に直接注いでいます。また尾幌分水の近くには JR 根室本線(花咲線)の「尾幌駅」もあります。ということでまずは「北海道駅名の起源」から。

  尾 幌(おぼろ)
所在地 (釧路国)厚岸郡厚岸町
開 駅 大正6年12月1日 (客)
起 源 尾幌川は根室本線に沿って流れ、厚岸の北で別寒辺牛川と一緒になり、厚岸湖にそそぐこの川の名のアイヌ語からとったものである。「上尾幌」の項参照。
(「北海道駅名の起源(昭和48年版)」日本国有鉄道北海道総局 p.154 より引用)
今ひとつ要領を得ない感がありますが、詳細は直前の「上尾幌」駅の項に記されていました。

  上尾幌(かみおぼろ)
所在地 (釧路国)厚岸郡厚岸町
開 駅 大正6年12月1日
起 源 アイヌ語の「オ・ポロ・ペッ」(川口の大きい川) から出たもので、尾幌川の上流にあるため「上」をつけたものである。
(「北海道駅名の起源(昭和48年版)」日本国有鉄道北海道総局 p.154 より引用)
上尾幌駅は尾幌駅から尾幌川を遡った先にあり、上尾幌のほうが「山の中」にあるのですが、駅舎は上尾幌のほうが立派で、利用者も尾幌よりも僅かに多いとのこと。上尾幌から釧路に向かう場合、国道経由だと若干の遠回りを強いられる感があることも関係するのかもしれません。

尾幌駅のあたりが「厚岸町尾幌」で、上尾幌駅のあたりが「厚岸町上尾幌」なのですが、これらの地名は鉄道が開通する前の地図では存在を確認できません。また両駅周辺の川名も「オタツクパウシ川」などの例外を除き、殆どが失われてしまっています。

特に上尾幌駅周辺には「ウヌコペツ」「オサルンペ」「ポンオサルンペ」「オン子オサルンペ」「ワクカペケレペツ」「ワクカクン子ペツ」などの川名が存在していたようなのですが、今はどれも「尾幌◯◯号川」という名前になってしまったようです。

河口の大きな川?

永田地名解 (1891) には次のように記されていました。

O-poro pet   オ ポロ ペッ   川尻ノ大ナル川
永田方正北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.357 より引用)
どうやらこれが「駅名の起源」の元ネタっぽい感じでしょうか。

またの名前をヤマコペツ

明治時代の地形図には、尾幌川の本来の河口(別寒辺牛川に河口近く)に「オポロペツ」とあり、下に「一名ヤマコペツ」と描かれています。この「別名」とされる「ヤマコペツ」ですが、「東蝦夷日誌」(1863-1867) には次のように記されていました。

ヤマゴベツは山越別にて、和夷混ぜしもの也。本名ウポロ〔尾幌〕と云し也。
松浦武四郎・著、吉田常吉・編「新版 蝦夷日誌(上)」時事通信社 p.328 より引用)
古くはアイヌ語が和語(日本語)の方言だと信じられていた時代があり、江戸時代の記録には少なくない地名が「アイヌ語と和語の混合地名」として記録されています。この「ヤマゴベツ」もその一つかとも思われるのですが、「ウポロ」というアイヌ語地名が別に存在する……と言われると、俄に現実味を帯びてきます。

まだ続きがありまして……

ウポロ〔尾幌〕(川幅十四間)是ヤマゴベツの入口也。名義は川の上に處々堀の深き處有と云儀也。此邊蘆荻原也。
(松浦武四郎・著、吉田常吉・編「新版 蝦夷日誌(上)」時事通信社 p.328 より引用)
この書き方だと「ヤマゴベツ」という川の河口部分(入口)が「ウポロ」という地名だったようにも見えますが、「午手控」(1858) にも「ヤマコベツ」は「本名ウホロのよし」とあるので、やはり「ヤマコベツ」は「ウホロ」(尾幌)の別名と考えて良さそうな感じでしょうか。

深く掘れた場所がある?

「東蝦夷日誌」とほぼ同じ文面が「午手控」にもあったのですが……

ウホロ
 川の上に処々深き堀が有と云事なり
(松浦武四郎・著 秋葉実・翻刻・編「松浦武四郎選集 六」北海道出版企画センター p.351 より引用)
かなり謎な文面ですが、これは「川の上流部にところどころ深く掘れたところがある」という意味でしょうか。そう言われてみれば門静の北あたりで河岸段丘に囲まれたような場所もあります。

松浦武四郎の記録した地名解が正しいと仮定するならば、ooho-oro で「深い・ところ」か……と思ったのですが、-oro の前に完動詞が来るケースは無さそうにも思えます。となると ooho と同義とされる oo を冠して、 oo-poro-pet で「深い・大きな・川」あたりでしょうか。

「尾幌」が ooho だと仮定した場合、北を流れる「大別川」と名前が被るのが気になったのですが、だからこそ oo-poro-pet なのかもしれませんね(ついでに言えば「大別川」も ooho-pet ではなく oo-pet と見るべきかもしれません)。

もっとも、それだったら oo-poro-pet じゃなくて poro-oo-pet じゃないの? とツッコまれそうな気もするのですが、他にも poro-pet という別名のある川があった、とかでしょうか……?

永田方正が記録した「河口の広い川」も違和感の無い解ではあるのですが、松浦武四郎の解も捨てがたいなー、というのが正直なところです。

来別(らいべつ)

ray-pet?
死んだように流れの遅い・川
(? = 典拠あるが疑問点あり、類型あり)
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
尾幌駅の 1.5 km ほど北に「雷別」という名前の四等三角点があります(標高 66.4 m)。地理院地図には何故か記入が無いのですが、三角点の東側一帯が「厚岸町来別」とのこと。ただこの来別は全域が見事に山林で、2016(平成 28)年時点で常住人口はゼロなのだそうです。

明治時代の地形図には、三角点の東に「ライペツ」という川が描かれていました。道内各所に同名の川がありますが、ray-pet で「死んだように流れの遅い・川」と見て良いのかな、と思います。

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