2023年8月6日日曜日

北海道のアイヌ語地名 (1061) 「大別・鬼仙鳳趾川・サンヌシ」

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
地図をクリックしたら地理院地図に飛べたりします。

大別(おおべつ)

ooho-pet?
深い・川
(? = 記録はあるが疑問点あり、類型あり)
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
別寒辺牛川の河口から 1 km と少しを遡ったあたり(チライカリベツ川の河口よりも下流側)で「大別川」が西から合流しています。厚岸町大別は「大別川」沿いの地名ですが、現在の地形図では下流側は「厚岸町サンヌシ」となっていて、上流側が「厚岸町大別」のようです。

東西蝦夷山川地理取調図」(1859) にはそれらしい川が描かれているものの、残念ながら川名の記入がありません(「サン子ウシノホリ」とありますが、これは山名と考えるべきでしょう)。

明治時代の地形図には「オーペツ」とありました。「東蝦夷日誌」(1863-1867) や「午手控」(1858) には「ヲベ」とあり、「巳手控」には「ヲホヘツ」とあります。

「北海道地名誌」(1975) には次のように記されていました。

 大別川 (おおべつがわ) 大字太田村の北方から流れ出し,鬼仙鳳趾川などを合わせ別寒辺牛川の右から入る小川。アイヌ語で水の深い川の意か。
(NHK 北海道本部・編「北海道地名誌」北海教育評論社 p.671 より引用)
ふむふむ。ooho-pet で「(水かさが)深い・川」ではないか……ということですね。

「水かさが深い」か「深く掘れた」か

地名で頻出する「深い」を意味する語としては oohorawne があり、ooho は「水かさが深い」を意味し rawne は「深く掘れた」を意味するとされます。ただ道東エリアには ooho で「深く掘れた」を意味すると思しき川名がちょくちょく存在するように思われます。

今回の「大別川」がどちらの「深い」なのかも少々謎ですが、別寒辺牛湿原の中を流れる川を「水かさが深い」とするよりも、中流部あたりの地形を形容して「深く掘れた」と捉えたほうが実情に即しているのではないかな……と思えたりします。

あ、「午手控」に次のように記されていましたね。

ヲホナイ
 両岸壁に成し由
松浦武四郎・著 秋葉実・翻刻・編「松浦武四郎選集 六」北海道出版企画センター p.350-351 より引用)
やはり「大別川」の ooho は「水かさが深い」ではなく「深く掘れた」が正解っぽい感じですね。

鬼仙鳳趾川(おにせんぽうし──?)

onne-cheppo-us-i
大きな・小魚・多くいる・もの(川)
(記録あり、類型あり)
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
大別川の下流部で南から合流する支流です。読み方が若干謎ですが、「北海道地名誌」(1975) には次のように記されていました。

 鬼仙鳳趾川 (おにせんぽうしがわ) 大別川の右小支流。アイヌ語で川口に木ある雑魚多い川の意と思う。
(NHK 北海道本部・編「北海道地名誌」北海教育評論社 p.671 より引用)
あー、o-ni-cheppo-us-i で「河口・木・小魚・多くいる・もの(川)」と解釈したようですね。cheppo を「雑魚」としたのは更科さんのお家芸ということで。

それはそうと、o-ni-cheppo-us という語順はちょっと妙な感じがします。o-ni-uso-cheppo-us であれば違和感は無いのですが……。

ということで、改めて明治時代の地形図を見てみると、そこには「オン子センポージ」の文字が。どうやら onne-cheppo-us-i で「大きな・小魚・多くいる・もの(川)」だった……ということみたいですね。「大きな小魚」ではなく、「大きな・小魚の多い川」と解釈すべきかと思われます。

ヲベ情勢も複雑怪奇

ただ、ちょっと気になるのが「東蝦夷日誌」(1863-1867) の次の記述で……

サネナウシ(左山)下にヲベ(左川)、此川魚類何故か無よし也。
(松浦武四郎・著、吉田常吉・編「新版 蝦夷日誌(上)」時事通信社 p.330 より引用)
あれっ? この「ヲベ」は「大別川」のことと見られるのですが、「この川には何故か魚がいない」とあります。となると支流の「鬼仙鳳趾川」に「小魚が多くいる」というのは不可解な話ですが、ところが「午手控」(1858) には次のように記されていたのですね。

ヲ ベ
 小川なれども(鯇)(鱒)うぐい多きよし。
(松浦武四郎・著 秋葉実・翻刻・編「松浦武四郎選集 六」北海道出版企画センター p.351 より引用)
これは一体……? ヲベ情勢も複雑怪奇ですね。

厚岸の周辺には「仙鳳趾」という地名が頻出するのですが(釧路町仙鳳趾村や浜中町仙鳳趾など)、どれも同じ字が当てられているのもちょっと不思議ですね。

サンヌシ

san-ni-us-i?
山から浜へ出る・木・多くある・ところ
(? = 記録あり、類型未確認)
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
尾幌川(尾幌分水では無いほう)の河口部の地名です。厚岸町サンヌシは現役の地名ですが、2015 年の国勢調査では常住人口 0 人とのこと。まぁ、ほぼ湿原と山なので仕方ないかな……と思ったのですが、よく見ると山の中腹に建物があります。おや? と思って Google マップで確かめてみたところ、建物は「厚岸町斎場」とのこと。そういうことですか……。

この「サンヌシ」ですが、「東西蝦夷山川地理取調図」(1859) に「サン子ウシノホリ」と描かれている山名と関連がありそうでしょうか。

「午手控」(1858) には「サン子ウシ 少しの山有り」と記されていて、「東蝦夷日誌」(1863-1867) には「サネナウシ(左山)」とありました。また同じく「午手控」の「アツケシ海岸地名の訳覚書」には次のように記されていました。

ヘカンヘウシ
 サンニウシなるべし。流れ木の懸る処を云也
(松浦武四郎・著 秋葉実・翻刻・編「松浦武四郎選集 六」北海道出版企画センター p.351 より引用)
そういえば「別寒辺牛」の回でも引用していましたが、pe-ka-un-pe-us-i の別名が san-ni-us-i で「山から浜へ出る・木・多くある・ところ」ではないかとのこと。

「別寒辺牛」が「水・上・にある・もの・多くある・もの(川)」だとした場合、より具体的な「漂木の多いところ」という地名が河口部の一角に定着した……と言った所かもしれません。

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