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「乳牛の像」の説明文ですが、いきなり「開陽台」という地名の由来から始まっています。しかも「開陽台」の名付け親が尾崎豊だったとは知りませんでした。なるほど、バイク登り口が設けられているのも納得です(色々と違うと思う)。
2023年7月31日月曜日
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2023年7月30日日曜日
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ついでに言えば、「トライベツ川」の南には「戸雷別 」という二等三角点も存在します。
トウライ(右川)、フフウシ(水源)、此邊椴山也。惣て平山にて、クスリ〔久摺〕のトウロ〔塘路湖〕の源に互合す。
フㇷ゚ポウシ
フッポウシ川(地理院・営林署図)
トラィベツ川の上流で、北側から合流している。この川の方が長流で水量も多く本流らしいが、なぜかフㇷ゚ポウシの名がつけられた。
東西蝦夷山川地理取調図 | 午手控 | 午手控補足情報 | 現在名(推定) |
---|---|---|---|
(ヘカンヘウシ) | ヘカンベウシ | - | 別寒辺牛 |
ヲタモシリ(東側) | ヲタモシリ | 島 | - |
サン子ウシノホリ(西側) | サン子ウシ | 少しの山あり | サンヌシ |
- | ヲヘ | 左小川 | 大別川 |
チライカルシヘ(東支流) | チラカルベ | 右小川 | チライカリベツ川 |
- | モシロヽ | 島 | - |
ヲイワクシ(西支流) | ヲイワクシ | 此処小休所也 左のさき也 | サッテベツ川? |
ヒヲロ(東支流) | - | - | - |
コムニヲイ(西支流) | コムニヲイ | - | - |
ウヒニシ?(東支流) | ヲニカルマイ | - | - |
イラルマニウシ(西支流) | ヰラルマニウシ | 左小川 | - |
-(東支流) | トウライ | 右小川 | - |
フホウシ(西支流) | フホウシ | 此辺椴多し。平山 | - |
トウライ(東支流) | - | - | - |
Hup-po ushi フㇷ゚ポ ウシ 小椴松多キ處{hup-po}-us-i で「{小さな椴松}・多くある・ところ」と読めそうですね。別寒辺牛川筋にはこの手の川名(地名?)が多かったようで、他にも「コロコニ ウシ」(蕗の多いところ)や「ラルマニ ウシ」(
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2023年7月29日土曜日
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川筋種々に屈曲し、チラカルベ(右川)、此川は山道にて水源を越るよし。
当時のメインルートはオラウンベツ川の水源のあたりを経由していたらしく、現在のメインルートよりも内陸側を通っていたみたいです。
Chirai kari pet チライ カリ ペッ 絲魚ヲ捕ル川chiray-kar-pet で「イトウ・捕る・川」と読めそうでしょうか。ただ「東西蝦夷──」には「チライカルシヘ」とあるので、chiray-kar-us-pet で「イトウ・取る・いつもする・川」だったのが、-us が略されて chiray-kar-pet になった……と想像できそうです。
チライカリベツ川 糸魚沢附近の水を集めて別寒辺牛川左に合する遅流。アイヌ語で糸魚(いとう)のまわる川の意。
永田地名解は「チライ・カリ・ペッ。糸魚を捕る川」と書いた。カリ(kari)ではそう読めない。カル(kar 取る)とでも読んだのであろうか。
2023年7月28日金曜日
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2023年7月27日木曜日
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2023年7月26日水曜日
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2023年7月25日火曜日
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2023年7月24日月曜日
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2023年7月23日日曜日
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東西蝦夷 山川地理取調図 | 竹四郎廻浦日記 (1856) | 午手控 (1858) | 明治時代の地形図 | 陸軍図 |
---|---|---|---|---|
ヘカンヘウシヘト | ベカンベウシ | ヘカンベウシフト | ペカムペウシ | 別寒邊牛川 |
リシヤリフシ | リヤクフシ | - | - | - |
ホツチヒラ | - | ホツケヒラ | オピケピラ? | - |
- | - | - | エホロン | - |
リイマタン | - | リイコタン | リコタン | - |
ヲ???クシ | テシトロクシ | ヲシトレクシ | オントルクシ | - |
- | - | - | カムイ岩 | - |
ヲホナイ | - | ヲホナイ | - | - |
ホンマウニ | - | - | - | |
ヲンマウニ | ホロンタイ? | マウニナイ | オン子マウニ | - |
ソサカナイ | - | ソサカナイ | - | ホロニイタイ? |
- | - | ホロンタイ | - | - |
トウキタイ | トキタイ | トキタイ | トーチタイ | トキタイ川 |
ホロンタイんー……。永田地名解 (1891) には次のように記されているのですが……
川口大きしを云り
Poro nitai ポロ ニタイ 大林素直に解釈すると poro-nitay は「大きな・林」と考えるしか無いような気がします。ところが「川口大きし」とは一体……?
2023年7月22日土曜日
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また頭注には次のように記されていました。モ コリルイ
螺 が有るよしなり。モコリは蜷 の名也
b モコリ 螺・蜷。
巻貝の総称
§ 228.エゾバイの類 (Buccinum spp.)
(1) mokoriri《美〔巻貝・ホラ貝〕,幌〔ツブ〕》エゾバイの類(Buccinum spp.)
(2) mokoriri《美》タニシ。皮のつるつるしたツブ(タニシ? ビ IX, 75)
A snail. Periwinkles. Whelks. The name of any kind of whelk-shaped shell(B)
Mokoriri, n. A snail. Periwinkles. Whelks. Jap. Maimaitsuburi. Tsubu. Nemuri-tsubu. 蝸牛。田螺。眠螺。
2023年7月21日金曜日
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2023年7月20日木曜日
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2023年7月19日水曜日
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2023年7月18日火曜日
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2023年7月17日月曜日
この記事内の見出しは高畑美代子「イザベラ・バード『日本の未踏路』完全補遺」(中央公論事業出版)の「初版からの省略版(普及版)の削除部分を示す対照表」の内容を元にしたものです。当該書において、対照表の内容表示は高梨謙吉訳「日本奥地紀行」(平凡社)および楠家重敏・橋本かほる・宮崎路子訳「バード 日本紀行」(雄松堂出版)の内容を元にしたものであることが言及されています。
日本で穫れるすべての米の 7 パーセントが酒になります。1874 年の酒の年間生産量は 6,745,798 ヘクトリットル、人口一人当たりの消費量は 20.5 リットルで、生産量は年々増加しています。
発酵酒の税による歳入は 1875-76 年度は 322,616 ポンドをもたらし、昨年度(1877年)は 474,773 ポンドでした。
税収入源としては 5 種類の酒に区別されていて、酒造業者はそれぞれの種類の酒を造る免許に、年に 2 ポンド、および、全売り上げ高の 10 パーセントを支払います。
酒造の全工程は 40 日間かかりますが、西洋人の化学者が言うには改善の余地がないとのことです。
夏季においてこそ酒はパストゥールのプロセス[パスツリゼーション;低温殺菌法]として知られる状態に置かれます。日本ではパストゥールが生まれる 3 世紀も前に実行されていたのです。
パスチャライゼーション(英: pasteurization)とは、食品等の加熱殺菌法のうちで、摂氏100度以下の温度で行う方法をいう。
この方法を用いると、素材の風味を損なわず、ワインやビールなどの醸造酒に含まれるアルコール分を飛ばさずに行うことが可能であり、高温殺菌法と比較して、熱変性などによる品質・風味の変化が抑えられる利点がある。
日本では、パスツールに先立つこと300年も前の1560年頃に日本酒において同じ方法が経験的に生み出され、以来、「火入れ」として行われてきた。
「酒 の醸造においては、われわれは完全に新しく、かつ独特な形の発酵産業を知ったのだが、これは西洋の醸造工程とはすべての点で異なっており、完全さという点に関しては、後者の下に位置づけるべきではない。日本人の製造過程は次のようである──酵母菌は暗い部屋の中で蒸された米の上に成長させられる。この酵母菌のみで、われわれのビールの発酵工場でモルトとイーストによりなされるのと同じことをする。
原注2 : 酒は日本の最も初期の歴史的書物で言及されている。太陽の女神[アマテラスオミカミ;天照大神]の弟であるスサノオノミコト[素器嗚尊;須佐之男命]は天上から出雲の国へ降りてきたとき、八つの甕に酒を調合させたといわれている。
時代が降りてくると多分より伝説的ではなくなっているが、名高い神功皇后について語られていて、彼女は(3世紀初頭に)朝鮮征伐からもどると祝ったことと関係付けられる。彼女は、遠くにある神威に敬意を払うために、息子(今は八幡という名のもとに戦いの神として崇められている)を派遣し、その帰還に際して、彼を酒でもてなした。
その日の午後の風と雨は、恐ろしいほどであった。私は馬に乗ることができなかったので、数マイルほどとぼとぼ歩いて行った。松並木の下を、一フィートも深い水の中を歩いて通った。
油紙の雨外套もずぶ濡れとなり、豊岡 に着いたときは、身体中がほとんど水に浸り、とても寒かった。
清潔な二階に上がり、火鉢にあたりながら震えていた。
宿の主人が、立ち去ってくれ、というと、彼らは言った。「こんなすばらしい見世物を自分一人占めにしているのは公平でもないし、隣人らしくもない。私たちは、二度とまた外国の女を見る機会もなく一生を終わるかもしれないから」。そこで彼らは、そのまま居すわることができたのである!
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2023年7月16日日曜日
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奔渡町(ぽんとちょう)厚岸湖南岸の町区。ポントはアイヌ語の小沼の意。
明治13年にはこの地に官営かき缶詰所がおかれ,同21年ころまで続いたので俗にこの地はカンヅメと呼ばれたという。
○ノテトどうやらこの「ヲントニ」が「奔渡」なのかもしれません。ちなみに「ノテト」は厚岸大橋の南側あたりらしく、「ヲントニ」の先は「ヘトヱ」「ホ子コヱ」「ノサウシ」「トマリ」「バラサン」(=バラサン岬)と続いています。厚岸湖側(東側)ではなく海側(西側)の地名という扱いのようですね。
本名ノツイト 岬の鼻也
ヲントニ
小沼有るによって
pon-tunni で「小さな・柏の木」という可能性もありそうですが、「東西蝦夷──」にわざわざ沼らしきものが描かれているので、やはり沼と考えるべきかな……と。
2023年7月15日土曜日
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厚 岸(あっけし)
所在地 (釧路国)厚岸郡厚岸町
開 駅 大正6年12月1日 (客)
起 源 アイヌ語の「アッケシ・イ」(カキのある所)の転かといわれているが、「アツ・ケ・ウシ」(オヒョウニレの皮をはぐ所)が正しいと思われる。
夷語アツケウシなり。則、あつし草を剝ぐ所と訳す。扨、アツとはあつし草の事。ケーとは剝くと申事。ウシとは生す又は成すと申意なり。扨亦、アツケシと申沼は會所許より西北の方二里程隔ちある也。
常時會所の在る所をヌシヤアシコタンといふ。則、削り掛けを建る所と譯す。ヌシヤとは削り懸けの事夷人是をイナウといふ。アシとは建る。コタンとは村又は所ロとも云ふ事にて、土地の夷人此所に夥敷削り懸を建て、神々を祭るゆへ地名になすといふ。
岸を離るゝことしばしにて右の方に
ノサウシ
ヌサウシなるなり。是会所前の木幣を多く立し処なる也。ヌサはエナヲの事、ウシは多しの儀なり。
一アツケシ
アツは集の義、ケシは足なり。又、下の義なり。此處、東夷地村里の極なる故に此名あり。夏月中は、ビバセイ、ヲツチシ共に此慮より出て漁事す。俗に云、アツケシはアツシの木、此邊絶て産せさる故に名付たりといへとも、語意ニ適せされハ妄といふへし。
At kesh tō アッ ケシュ トー 楡下ノ沼 厚岸ノ元名ナレドモ今ノ厚岸ノ地ニアラズ眞龍村ニアリシ小沼ノ名ナリ國郡ノ部ニ詳ナリ「国郡の部に詳しく書いてあるよ」とのことなので、「厚岸郡」の項も見ておきましょうか。
厚岸 郡 原名「アッケㇱュトー」(At kesh to)楡下ノ沼ノ義昔楡樹多クアリタルヲ以テ楡皮ヲ此沼ニ漬シタリ故ニ名ク
其後「アッケウシ」(At ke ush-i)ト呼ブ直譯スレバ楡皮ヲ掬ヒ消 ス處ノ意小沼ニ漬シ置キタル楡皮ヲ失ヒシヨリ名クト後説ハ松前記欄外ニモ記シテ云フ
「アッケウシトー」ハ楡衣 ヲ嫌フ水神此沼ニ在スノ義ヲ取ルト」
然ルニ此地名ハ即チ今ノ厚岸ニ在ラズシテ眞龍村ナル小沼ノ名ナリ
この沼は今の白浜町の辺だったらしい。松浦氏東蝦夷日誌は「エウルトウ(沼。周三,四丁),またアツケシ沼共云」と書いた。
(八丁十間)エウルトウ(沼、周三四丁)、又アツケシ沼共云。共に赤楡 皮を浸し置義也。
モヱシユツ
此上岩有。沙浜道よろし
ヲチシ子
此上に沼あるなり。越而
フブシ
沙浜少し過て
ヱヲロト
方三丁ニ五丁も有。蘆荻多し。
シユ丶ヤ
トマタロ モンシユツ
サツテキトウ ルチシ
モイワ アツケシトウ
シユシユウベ シンレウニコロ
これらから厚岸の起源はアッケシトー(沼) で、それは北市街地の白浜町と宮園町の境界付近に周囲300~400㍍の小沼があったものと考えられている(厚岸町史)。
扨此処蠣しまを越而
アツケシトウ
此トウは蛎しまより内也。則前ニ図するごとし。東西凡弐里。南北凡壱り斗と思わるゝ也。先其字をしるさば沼の西北の方
ヤマコベツ川口
此川口タンタカの東うし(ろ脱)に当る。
モンシユツ 不知
ルチシ
此上道有るよし。小沼也
モイワ
小山有て此山の沖に当りて鯨の鼻音する如き事有。是を聞時は大時化等へん 事有。
アツケシトウ
岬の浜辺にて鹿や熊を取し由。本名ウトルウシベと云り。ウトルは岬と岬の間、ウシヘと云は其処ニ而も有ると云事也
トウバイ
沼の源と云り。大川有。
kes の対義語は pa なので、もしかしたら「尻羽岬」から見て「もう一つの末端」だった可能性もあるかもしれません。とりあえず根室の「アッケシエト」と似た地名だったんじゃないかな、と。
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2023年7月14日金曜日
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2023年7月13日木曜日
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2023年7月12日水曜日
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2023年7月11日火曜日
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2023年7月10日月曜日
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2023年7月9日日曜日
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又一ツ岬をかはす哉否、是
ツクシコエ
峨々たる岩壁の上に陸路有るよし。其地名窪き処を通ると云儀のよし也。
Chikushi koi チクシ コイ 路浪 波浪ノ路ヲ起ス處確かに koy は「波」なんですが、chi-kus-koy で「我ら・通る・波」というのは良くわからないなぁ……という印象です。
筑紫恋(ちくしこい)
太平洋に面した厚岸町の漁村。チクシは吾々の通るところ、コイは波、波間を見て走りぬけるような、低いところで、大波が路を越すところであるという。
2023年7月8日土曜日
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又山の平まゝしばし平磯
トコタン
と云り。此上に小さき沼有るが故に号るとかや。本名トウコタンと云よし也。
To kotan ト コタン 沼村 此ハ「ト゚コタン」即廢村ノ意ニアラズトアイヌ云フあー、ちゃんとフォローが入っていましたね。やはり to-kotan で「沼・集落」と見て良さそうです。
2023年7月7日金曜日
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2023年7月6日木曜日
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2023年7月5日水曜日
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2023年7月4日火曜日
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2023年7月3日月曜日
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2023年7月2日日曜日
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Mau piroro マウ ピロロ 風蔭ノ處 「マウピリオロ」ノ急言、「マウ」ハ風、「ピリ」ハ蔭、「オロ」ハ處、○末廣村ノ原名おやっ……? なんか永田地名解にしてはツッコミどころが見当たらないような気が……(汗)。maw-pir-oro で「風・陰・のところ」と読めそうな感じですね。
pir, -i ぴㇽ ①傷。②うずまき; 渦流。③蔭。~-o 渦流のある。~-o-p「渦流・ある・所」「灘」。なるほど、確かに「蔭」とありますね。ただ「渦」という解釈もあるので、あるいは maw-pir-oro で「風・渦・のところ」とも考えられそうな気もします。まぁ、これは「もしかしたら」レベルなんですけどね。
2023年7月1日土曜日
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並びて又崖
リルワニ
此辺海岸は高山岩平。其地名の訳高き処より道下ると云儀なり。
Ruerani ルエラニ 阪 直譯路ヲ下ル處、○瑠璃瀾村ト稱スル訛ナリむむむ。ru-e-ran-i は「道・そこから・降りている・ところ」という頻出地名で、明治時代の地形図にも海浜の名前として「ルエラニ」と描かれています。「道がそこから降りているところ」と言われると下り坂の手前のような印象がありますが、実際は(上り)坂の麓のあたりを指しているケースが大半でしょうか。