2023年7月29日土曜日

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北海道のアイヌ語地名 (1058) 「チライカリベツ川・糸魚沢・トライベツ川」

 

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
地図をクリックしたら地理院地図に飛べたりします。

チライカリベツ川

chiray-kar(-us)-pet
イトウ・取る(・いつもする)・川?
(? = 記録はあるが疑問点あり、類型あり)
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
別寒辺牛川の東支流で、北隣を JR 根室本線(花咲線)と国道 44 号が通っています。「東西蝦夷山川地理取調図」(1859) には「チライカルシヘ」という名前の川が描かれています(が、流路の向きなどはかなり適当な感じです)。

「東蝦夷日誌」(1863-1867) には次のように記されていました。

川筋種々に屈曲し、チラカルベ(右川)、此川は山道にて水源を越るよし。
松浦武四郎・著、吉田常吉・編「新版 蝦夷日誌(上)」時事通信社 p.330 より引用)
繰り返しになりますが、チライカリベツ川の北隣で JR 根室本線(花咲線)と国道 44 号が厚岸茶内の間を結んでいます。松浦武四郎が旅した当時は、厚岸と厚別風蓮湖畔)を結ぶメインルートはチライカリベツ川経由では無かったようですが、少なくとも当時から峠道の存在は認識されていたっぽいですね。

当時のメインルートはオラウンベツ川の水源のあたりを経由していたらしく、現在のメインルートよりも内陸側を通っていたみたいです。

イトウを捕る川?

永田地名解 (1891) には次のように記されていました。

Chirai kari pet   チライ カリ ペッ   絲魚ヲ捕ル川
永田方正北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.358 より引用)
chiray-kar-pet で「イトウ・捕る・川」と読めそうでしょうか。ただ「東西蝦夷──」には「チライカルシヘ」とあるので、chiray-kar-us-pet で「イトウ・取る・いつもする・川」だったのが、-us が略されて chiray-kar-pet になった……と想像できそうです。

イトウがまわる川?

「北海道地名誌」(1975) には次のように記されていました。

 チライカリベツ川 糸魚沢附近の水を集めて別寒辺牛川左に合する遅流。アイヌ語で糸魚(いとう)のまわる川の意。
(NHK 北海道本部・編「北海道地名誌」北海教育評論社 p.671 より引用)
あれっ……? 確かに kar には「まわる」という意味もありますし、kar-i であれば「まわす」ですが……。

山田秀三さんの「北海道の地名」(1994) には次のように記されていました。

 永田地名解は「チライ・カリ・ペッ。糸魚を捕る川」と書いた。カリ(kari)ではそう読めない。カル(kar 取る)とでも読んだのであろうか。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.256 より引用)
ああ、そういうことですか……。何故「まわる」などと言う珍妙な解が降って湧いたのか疑問だったのですが、「カル」ではなく「カリ」だから、ということですね。少なくとも松浦武四郎は「カリ」ではなく「カル」と記録しているので、素直に chiray-kar-pet で「イトウ・捕る・川」と考えて良いのではないでしょうか。

糸魚沢(いといざわ)

chiray-kar(-us)-pet?
イトウ・捕る(・いつもする)・川
(? = 記録はあるが疑問点あり、類型あり)
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
かつて JR 根室本線(花咲線)の厚岸と茶内の間には「糸魚沢駅」がありました。駅は 2022 年 3 月に廃止されてしまいましたが、かつての駅前には簡易郵便局などが健在です。

元は駅名だった地名……ということで、まずは「北海道駅名の起源」を見ておきましょうか。

  糸魚沢(いといざわ)
所在地 (釧路国)厚岸郡厚岸町
開 駅 大正8年11月25日 (客)
起 源 アイヌ語の「チライ・カリ・ペツ」(イトウの通う川)、すなわちイトウという魚のとれた所から出たものである。
(「北海道駅名の起源(昭和48年版)」日本国有鉄道北海道総局 p.155 より引用)
「糸魚沢」は「チライカリベツ」の和訳地名だった……というオチのようです。「通う」というのはちょっと謎な感じもしますが、「地名アイヌ語小辞典」(1956) を見てみると……

kari カり ①《完》まわる; 通う。②《不完》まわす。
知里真志保地名アイヌ語小辞典」北海道出版企画センター p.44 より引用)
げげ、マジですか。kari に「通う」という解釈があったというのは見落としていました。ただ「イトウがちょくちょく現れる川」であれば chiray-us- でも良さそうな気もしますし、わざわざ kari で「通う」とする理由が今ひとつ見えてこない印象があります。

ということで、やはり「チライカリベツ川」と同様に chiray-kar(-us)-pet で「イトウ・捕る(・いつもする)・川」と考えたいのですが……。

トライベツ川

to-ray-pe??
湿地の水溜り
(?? = 記録はあるが疑問点あり、類型未確認)
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
チライカリベツ川の合流点から別寒辺牛川を 11 km ほど遡ったところで合流する東支流です。今気づいたんですが、トライベツ川の河口付近には「島」(湿原の中の小山)があるんですね。

「東西蝦夷山川地理取調図」(1859) では、かなり山奥のほうに「トウライ」という東支流が描かれています。実際のトライベツ川は別寒辺牛川の中流あたりで合流していて、ここまで山奥の川では無いのですが……。

また「フッポウシ川」という*トライベツ川*の西支流がある(トライベツ川よりも川の規模は大きい)のですが、「東西蝦夷──」では何故か「*別寒辺牛川*の西支流」として「フホウシ」という川が描かれています。……どうやら「東西蝦夷──」は、別寒辺牛川筋については信が置けない感じですね。

明治二十年の「改正北海道全圖」には、現在の矢臼別演習場エリアの源流部の支流として「トウライ」と描かれていました。これは「東西蝦夷──」での描かれ方と一致していますが、「改正北海道全圖」自体の正確性自体に問題が残ります(現在の矢臼別演習場エリアには「別寒辺牛川」「フッポウシ左二俣川」「フッポウシ川」が流れていますが、「改正北海道全圖」には主流と思しき川は一つしか描かれていません)。

沼・涸れた・もの?

永田地名解 (1891) には次のように記されていました。

To rai pe   ト ライ ペ   涸沼
(永田方正「北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.359 より引用)
to-ray-pe で「沼・涸れた・もの」と考えた……ということでしょうか。ただ ray を「涸れた」と解釈するのはちょっと異例な感じで、地名の場合、ray は「流れが死んだように遅い」と解釈するのが一般的であるように思えます。

湿地の水溜り?

鎌田正信さんの「道東地方のアイヌ語地名」(1995) には次のように記されていました。

 永田地名解は「ト・ライ・ペ to-rai-pe 涸沼」と記した。トラィ・ペッ(to-ray-pet 湿地の水溜り・川)の意で、流れているようでもあり、流れていないようでもある川をさしている。
(鎌田正信「道東地方のアイヌ語地名【国有林とその周辺】」私家版 p.299 より引用)
ray の考え方については同意です。to-ray を「湿地の水溜り」としていますが、実は「地名アイヌ語小辞典」(1956) にも……

tó-ray, -e とラィ ①【クッシャロ】湿地の水溜り。②【ナヨロ】ut の大きいもの。[<to-ray-i(沼の・死んだ・の)]
tó-ray-pe とラィペ =toray.
(知里真志保「地名アイヌ語小辞典」北海道出版企画センター p.132 より引用)
うげげ。そのまんま「湿地の水溜り」とありますね。なるほど、to-ray-pe で「湿地の水溜り」と解釈できてしまいそうです。

「湿地の水溜り」も「ut の大きいもの」も、どちらも「トライベツ川」の特徴と一致する感があります。ut は「あばら川」で、直角に近い角度で本流に合流する川を意味する……という解釈もあるのですが、巨視的に見るとトライベツ川(の湿原)は別寒辺牛川(の湿原)にほぼ直交しているようにも思えるんですよね。

峰の横の死んだように流れの遅い川?

ただ、別寒辺牛湿原を流れる川は、多かれ少なかれ似たような特徴を有しているような気がするのがちょっと引っかかるところです。またトライベツ川の上流部では、西支流の「フッポウシ川」のほうが明らかに規模が大きいのも不思議な感じがあります。

「フッポウシ川」の合流点から更に「トライベツ川」を遡ると、Ωカーブのような感じで流路がぐるっと向きが変わって、北からまっすぐ南に流れる区間に入ります。ここは両側(特に西側)が尾根状の山になっていて、tu-utur-ray-pet で「峰・間・死んだように流れの遅い・川」とか、tu-us-ray-pet で「峰・ついている・死んだように流れの遅い・川」と呼んでも(個人的には)違和感のない地形です。

tu-us-ray-pet-us が略されて tu-ray-pet になった、みたいな仮説を考えてみたのですが、流石に仮説の域を出ない感じでしょうか。

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