2023年6月6日火曜日

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石北本線途中まで各駅停車 (60) 「中愛別」

 

上川行き 4529D は愛別を出発しました。既に 17 時を過ぎていますが、流石は 5 月、まだまだ空は明るいですね。
【ご注意ください】この記事の内容は、特記のない限りは 2017 年 5 月時点のものです。

石狩川を渡ります。石北本線は石狩川を三箇所で横断しているのですが、旭川から数えるとこれが最初の渡河地点ということになりますね。川の半分だけを塞いでいる頭首工らしきものが見えますが……
農業用水の取水を行っているのだと思われるのですが、川の半分(以上?)がダダ漏れでも問題なく取水できる……ってことなんでしょうね。なんか面白いなぁと。

大雪山と謎の標識

「15 線道路」踏切を通過します。右側に大きく見えているのが「石垣山」で、この山のおかげで石北本線は石狩川の北側に迂回している……ということになります。
そして、またしても大雪山がっ!
続いて、どこにピントが合っているのかよくわからない写真ですが……。国道沿いの「きのこの王様 愛別舞茸」も気になるところですが、右側をよーく見ると、愛別駅の手前で見かけた謎の標識と同じものが!
しかも今回は(今回も、かも?)複数あります。見事に錆びまくっていますが……。
この「謎の標識」は、「この先 Y 字分岐あり(減速が必要)」という意味かなぁ……と想像しているのですが、この先の中愛別駅も……


今風の一線スルーではなく、古式ゆかしい Y 字分岐なんですよね。

中愛別駅(A39)

問題の(?)Y 字分岐を通過して中愛別駅の構内に入りました。おっ、あれは農業倉庫ですね?
「農合」って何だろうかと十数秒ほど悩んでしまったのですが、*右から*「業組合農業倉庫」と書いてあったんですね。おそらく最初の「農」の字が木に隠れているのでしょう。
いかにも量産型っぽいデザインの信号小屋らしき建物が見えてきました。よく見ると左側にひし形の標識も見えますが、これも愛別駅にあったものと同じで「ホーム端」を示すものなんでしょうね(除雪車両に対する注意喚起かなぁと)。
中愛別駅の開業は 1923 年で、お隣の愛別駅に遅れること約一年なのですが、プラットホームはコンクリートブロックを多用した比較的近代的なものです。愛別駅の 2 番ホームはエッジに廃レールらしき金属を用いたクラシックな構造ですが、中愛別駅のホームのほうが痛むのが早かったのでしょうか……?

標準的な、そつの無い駅

駅舎も JR 発足前後に建て替えられたと思しきものです。トンガリ屋根は、一般的には雪下ろしの必要性をなくすためのものだと思いますが、この形だとサイドの部分に雪が溜まるので殆ど意味がないような……(それともトンガリ屋根の部分から流れてきた雪の重みで積もった雪が流れたりするんでしょうか……?)。単なるデザインと捉えるべきかな……とも思ったのですが、どうなんでしょう。
駅舎から 15 m ほど離れたところに跨線橋があります。
跨線橋は愛別駅と同じく、比較的新しそうなものです(と言っても築 50 年くらい経ってるかも)。
改めて眺めてみると、中愛別駅って「駅のリファレンスモデル」とも言うべき「標準的な駅」ですよね。一線スルーのような今風の構造ではなく Y 字分岐で、かつては 2 面 3 線の国鉄型配線で、JR 北海道が発足した頃(おそらく)に駅舎が建て替えられて、国鉄型の信号小屋があり、駅前には農業倉庫もあって……。

国鉄時代の遺物?

ホームの東側(上川寄り)にはこんな場所もありました。線路から少し離れたところに柵が見えるのですが、おそらく柵の手前が国鉄の敷地だったんですよね。位置的には荷物ホームとそれにつながる線路が存在した可能性がありそうです。
このフェンス、よく見ると有刺鉄線つきのようですが、この柱と横木は枕木(だったもの)ですよね。中愛別の駅舎は JR 風味ですが、昔懐かしい国鉄時代の遺物を見つけたような気が……。

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