2023年5月21日日曜日

北海道のアイヌ語地名 (1039) 「ノコベリベツ川」

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
地図をクリックしたら地理院地図に飛べたりします。

ノコベリベツ川

nok-o-poro-pet??
卵・多くある・大きな・川
not-ka-{pe-ru}-un-pet??
岬・のかみて・{泉}・ある・川
(?? = 記録はあるが疑問点あり、類型未確認)
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
風蓮川の南支流で、下流部は別海町と浜中町の境界を流れています。「東西蝦夷山川地理取調図」(1859) には「ノコヘリヘツ」と描かれていて、明治時代の地形図には「ノコペリペッ」とあります。

「卵の多いところ」説

上原熊次郎の「蝦夷地名考并里程記」(1824) には次のように記されていました。

ノコポロベツはノコポロペなり。則、卵の多くある所といふ事。此沢邊に鴨の卵多くある故、字になす由。
(上原熊次郎「蝦夷地名考并里程記」草風館『アイヌ語地名資料集成』p.66 より引用)
卵の多くある所……。なかなか斬新な解釈ですね。

「卵が割れた川」説

「東蝦夷日誌」(1863-1867) には次のように記されていました。

ノコベリベツ(止宿所、非常備蔵二、馬や、夷家二軒)近年迄人家十餘軒有しが、今は濱え移りたり。名義は鶴の卵を破らせし故事有。惣て厚岸より出張て通行の取扱する也。畑も能出来たり。
 前に川有、此川フウレンベツ〔風蓮川〕にて、ノコベリベツ〔殘緣川〕は小川の名也。
松浦武四郎・著、吉田常吉・編「新版 蝦夷日誌(上)」時事通信社 p.332 より引用)
ここでも「名義は鶴の卵を破らせし故事有」とありますが、それはさておき「殘緣川」という当て字が秀逸なのでは……。

別名「冷たい水の谷」

「初航蝦夷日誌」(1850) には次のように記されていました。

此川上ニ小沼有るよし也。鱒、石班魚の類住るよし聞り。夷人此川を別名し而ヤアンヘヲイと云。訳而冷水渓と云。椎茸多し
(松浦武四郎・著 吉田武三・校註「三航蝦夷日誌 上巻」吉川弘文館 p.404-405 より引用)
「ヤアンヘヲイ」というのも少々謎ですが、yam-pe-o-i で「冷たい・水・多くある・もの(川)」とかでしょうか。「椎茸多し」も気になるところです。

やはり「卵」は外せないのか

ここまで見た限りでは、上原説・松浦説のどちらも「卵」に関連する……とあります。「そんな筈はあれへんやろぉ~」と思って手元の資料を漁ってみたのですが、見事に「卵」以外の説が見当たりません(永田地名解 (1891) には記載が無さそう)。山田秀三さんの「北海道の地名」(1994) にも次のように記されていました。

ノコ・ポロ・ペッ(nok-poro-pet 卵・多くある・川)だったのか? 松浦氏東蝦夷日誌は「ノコベリベツ。名義は鶴の卵を破らせし故事有」と書いた。ノコ・ペレケ・ペッ(nok-perke-pet 卵・割れた・川)のようにでも読んだのであろうか?
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.239 より引用)
nok は「卵」を意味する語で、これまで「ノカナン」の地名解で何度か見かけた記憶があります(参考1参考2)。ただ候補には上がるものの、毎回「それは違うんじゃないの」という結論になっているような気もします。

「蝦夷地名考并里程記」の「ノコポロペ」を山田さんは nok-poro-pet ではないかと考えたようですが、あるいは nok-o-poro-pet で「卵・多くある・大きな・川」と解するべきかもしれません。「東蝦夷日誌」の「ノコベリベツ」を nok-perke-pet で「卵・割れている・川」とする考え方については同感ですが、そもそもそんな地名(川名)が有り得るのか……というところから疑っているのが正直なところです。

「泉のある川」とか?

ところで(え?)、実は「三航蝦夷日誌」(1850) の「此川上に小沼有るよし也」という記述が地味に気になっているのですが、「東蝦夷日誌」には次のように記されていました。

川上二ツ分れて、右はシユンベツ、左りの源に周貳里餘の沼有。
(松浦武四郎・著、吉田常吉・編「新版 蝦夷日誌(上)」時事通信社 p.332 より引用)
「周二里余の沼」を素直に解釈すると「周囲が 8 km ほどの沼」となりますが、現在はそれらしき沼は見当たりません。「陸軍図」を見た感じでは、現在の「オラウンベツ川」の流域がそこそこ大きな湿地帯として描かれていて、サイズもおおよそ「周囲 8 km」に一致しそうな感じです。ただ「沼」のあるあたりは「オラウンベツ川」なので、「ノコベリベツ川」の名前とは直接関係が無さそうな感じですね……(残念)。

「ノコベリベツ」の「ベリベツ」の部分は {pe-ru}-un-pet で「{泉}・ある・川」と読めるんじゃないか……と考えていて、あとは「ノコ」をどう考えるかなのですが、nok(卵)があり得ないとすると not-ka で「岬・のかみて」とかでしょうか……?

not-ka-{pe-ru}-un-pet で「岬・のかみて・{泉}・ある・川」ではないか……という仮説ですが、現在「東円朱別川」と呼ばれる川の東にちょっとした岬状の地形があるので、一応実際の地形に即している……と言えたりしないかなぁ、と。まぁそれらしい解釈に合わせて適当な地形を探し出すことは、いくらでも可能だったりもするのですが……(汗)。

前の記事続きを読む

www.bojan.net
Copyright © 1995- Bojan International


0 件のコメント:

コメントを投稿