2023年5月13日土曜日

次の投稿 › ‹  前の投稿

北海道のアイヌ語地名 (1036) 「貰人・仙鳳趾」

 

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
地図をクリックしたら地理院地図に飛べたりします。

貰人(もうらいと)

moyre-atuy
静かである・海
(記録あり、類型あり)
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
浜中恵茶人の西隣の地名で、同名の川(貰人川)も流れています。「東西蝦夷山川地理取調図」(1859) には「モエレマートコ」と描かれていて、明治時代の地形図には「ポンモイレモイ」と描かれています。

戊午日誌 (1859-1863) 「東部能都之也布誌」には次のように記されていました。

過てしばし行
     モエーレアトイ
本名モイレアトイ、此処え下る。惣てレツハモイより此処迄は海岸通り難きより、如此皆小道を来ることなりと。
松浦武四郎・著 秋葉実・解読「戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 上」北海道出版企画センター p.559-560 より引用)
「レツハモイ」はおそらく赤泊のあたりで、現在の道道 142 号「根室浜中釧路線」も海沿いを離れて内陸部を通っています。

地名モイレは遅き、アトイは汐路を来ることなりと。汐の通るが遅きと云儀也。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読「戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 上」北海道出版企画センター p.560 より引用)
うーん。atuy は単純に「」と解するのが一般的だと思うので、moyre-atuy だと「流れの遅い・海」か、あるいは「静かである・海」と考えて良さそうに思えます。

「東西蝦夷──」の「モエレマートコ」は(誤字では無いとすれば)moyre-ma-etoko で「静かな・澗・その奥」とかでしょうか。「ポンモイレモイ」は pon-moyre-moy で「小さな・静かな・入江」と読めそうな感じです。

仙鳳趾(せんぽうじ)

chep-pop-us-i?
魚・沸き立つ・そうである・ところ
(? = 記録はあるが疑問点あり、類型あり)
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
浜中町貰人の西隣の地名で、同名の川(仙鳳趾川)も流れています。テンプレ書き出し万歳……!(ぉぃ

釧路町に同字の「仙鳳趾せんぽうし」があるほか、利尻島の南端に「仙法志せんぽうし」があります。どちらも「せんぽう」ですが、浜中の「仙鳳趾」は「せんぽう」です。

「ホロチエフホフシナイ」と「大ゼンポージ」

明治時代の地形図には「大ゼンポージ」「中センポージ」そして「前ゼンポージ」と描かれていました。「中ンポージ」表記の地図もあり、どうやら「ゼンポージ」読みが基本だったようですね。

永田地名解 (1891) には次のように記されていました。

Pon chep moi    ポン チェㇷ゚ モイ   小魚集ル灣
Poro chep moi   ポロ チェㇷ゚ モイ   大魚集ル灣
永田方正北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.356 より引用)
あれっ、と思って明治時代の地形図を見直したところ、現在「仙鳳趾川」が流れているあたりに「ポロチェプモイ」と描かれていました。ということで今更ですが表にまとめてみましょうか。

初航蝦夷日誌 (1850) 東西蝦夷山川地理取調図 (1859) 明治時代の地形図現在の地名
ウラヤコタンウラヤコタンウライコタン羨古丹
-レツハモイ--
トカリイソトカリイソト゚カリソ-
トマリ-アカトマリ赤泊
--前ゼンポージ-
ホンゼンホウジホンチエフホフンナイ中ゼンポージ赤泊川
ヲン子ゼンホウジホロチエフホフシナイポロチェプモイ
(大ゼンポージ)
仙鳳趾
--ポンチェプモイ-
チツチセホウシナイ
(モイレアトエ)
モエレマートコポンモイレモイ貰人
--カ子パコ-
エチヤンシトエシヤシレエトエサシト恵茶人?

どうやら「ポロチェプモイ」と「大ゼンポージ」は同一の場所を指していたようで、初航蝦夷日誌の「ヲン子ゼンホウジ」は東西蝦夷山川地理取調図の「ホロチエフホフシナイ」のこと……と見て良さそうな感じです。また「チツチセホウシナイ」の別名が「モイレアトエ」とのこと。「チツチセホウシナイ」は意味不明ですが、おそらくどこかに誤字が紛れてそうな気がします。

「魚が沸き立つ」か「小魚」か

本題の「仙鳳趾」ですが、戊午日誌 (1859-1863) 「東部能都之也布誌」には次のように記されていました。

過て
     ホンチエツフホフ(シ)
小川海岸え到りて砂浜え落るとかや。ホンは小き、チエツフホフシは魚類多く、鍋の涌立が如しと云儀。また平山しばしを過て
     ホロチエツフホフシ
小川也。西岸え落て砂浜になる由。又其海岸峨々たる岩岸なりと。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読「戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 上」北海道出版企画センター p.559 より引用)
これは chep-pop-us-i で「魚・沸き立つ・そうである・ところ」と読めそうでしょうか。あるいは {chep-po}-us-i で「{小魚}・多くいる・ところ」とも読めそうで、「ゼンポージ」はどちらかと言えば後者のほうに近そうにも思えますが、松浦武四郎が前者で記録している以上、{chep-po}-us-i は一旦却下でしょうか……?

永田地名解の chep-moy は「魚・入江」と読めますが、これも chep-ot-moy-ot が省略されたか、chep-us-moy-us が省略されたか……その辺のような気がします。chep-ot-moy であれば「魚・群在する・入江」となりますね。

また chep-ot-moy であれば {chep-po} 説も一歩後退しそうな感もあるので、やはり素直に chep-pop-us-i で「魚・沸き立つ・そうである・ところ」と解して良さそうな気がしてきました。pop は本来は「あったかい」や「沸騰する」という意味ですが、ここでは「わんさか出てくる」と言ったニュアンスで解するのが良さそうです。

前の記事続きを読む

www.bojan.net
Copyright © 1995- Bojan International

0 件のコメント:

新着記事