【ご注意ください】この記事の内容は、特記のない限りは 2017 年 4 月~ 5 月時点のものです。新型コロナウイルス感染症のパンデミックにより、各種サービスの実施状況や利用時間などが現在と異なる可能性があります。
あれっ、これはもしかして留辺志部川……? 川の流れのこんなすぐ近くを線路が通っていた……と言うのは驚きです。
やはりと言うべきか、スノーシェッドが設けられていました。鉄骨製のようですが、もしかしたら廃レールも活用されていたりするのでしょうか。
留辺志部川が線路沿いから離れてゆきます。緑色の標識らしきものも見えますが、これって何でしたっけ。警戒区間終了……とか?
再び留辺志部川が線路に近づいてきました。ここにもスノーシェッドが設けられていて、また川による侵食から路盤を守るべく、割と新しそうなコンクリートで保護されています。
スノーシェッドで保護された区間はそれほど長くなく、その後しばらくは留辺志部川と並走します。豊富な水量はこの時期(5 月)ならではですね。
これだけの規模の川があまり高低差が無いところを流れている、というのはかなり新鮮な感じがします。道路であればちょくちょく見かけるんですが、鉄道では珍しい……ですよね?
天幕駅(廃止)
白滝駅と上川駅の間には「奥白滝信号場」「上越信号場」「中越信号場」がある……というのは既に何度も記した通りですが、かつては他に「上白滝駅」が「天幕駅」が存在していました。天幕駅は中越駅(当時)と上川駅の中間あたりにあり、2001 年 7 月に中越駅と同時に廃止されています。中越駅が信号場として現存するのに対し、天幕駅は交換設備が廃止・撤去されたため、信号場となることなく廃止されてしまいました。このあたりの経緯はどことなく上白滝駅とも通じるものがあるのですが、さすがに駅間に 5 つもの信号場は必要なかった……ということでしょうか。
上白滝駅が棒線駅になった後も 2016 年まで営業を続けたのに対し、天幕駅が 2001 年にあっさりと廃止されてしまったのは、周りに人家が皆無だった……ということなんでしょうね。
この「天幕」というちょっと変わった駅名は、このあたりに「天幕三次郎」と呼ばれる人物が暮らしていて、旭川から網走に向かう鉄道の敷設調査のために当地を訪れた田辺朔郎が世話になったという故事があり、それに由来する……という俗説が有名でしょうか。昔、田村喜子さんの「北海道浪漫鉄道」でこの話を読んで、もの凄く印象深かったので良く覚えているんですよね……。
上川の市街地へ
留辺志部川を渡ります。天幕と上川の間では留辺志部川を二度渡ることになるのですが、これは下流側(上川駅に近い側)ですね。そろそろ上川の市街地が近づいてくる頃です。www.bojan.net
Copyright © 1995- Bojan International
0 件のコメント:
コメントを投稿