2023年4月2日日曜日

北海道のアイヌ語地名 (1026) 「友知・チトモシリ島」

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
地図をクリックしたら地理院地図に飛べたりします。

友知(ともしり)

tomo-sir-us-i??
中間・地面・ついている・ところ
(?? = 記録はあるが疑問点あり、類型未確認)
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
根室双沖ふたおきの西、トモシリ岬に連なる台地の西側一帯の地名です。同名の川が流れているほか、南には「トモシリ岬」があり、その沖合には「チトモシリ島」と「友知島」があります。根室市友知の沖合は「友知湾」のようで、となるとあとは「山」と「沼」が欲しいところですね……。

東西蝦夷山川地理取調図」(1859) には「トモシルシ」という島(どちらの島を指すのか不明、総称かも)と「トモシリウシノツ」という岬が描かれています。

「間の地」説

永田地名解 (1891) には次のように記されていました。

Tum-o-shiri ushi  ト゚モシリ ウシ  間ノ地 二岬ノ間ニアル灣ヲ云ナリ「トモシルシ」ト呼ブ○友知村
永田方正北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.362 より引用)
ちょいと珍しい解が出てきた……かと思ったのですが、これは「その中、中間」を意味する tomo の概念形 tom のことでしょうか。「釧路地方のアイヌ語語彙集」によると、tom は次のように記されていて……

tom【位名】[概](所は tomo)途中、間(あいだ)。ru tom ta 道の途中で(に)。〔138-4〕イルカ トムタ(iruka tom ta)少し時がたって〈伊賀〉
(釧路アイヌ語の会・編「釧路地方のアイヌ語語彙集」藤田印刷エクセレントブックス p.162 より引用)
一方、tum については次のように記されていました。

tum 【位名】[概](所は tumu) 中。uwatte sisamtum ta たくさんの和人の中で。〔68-8〕aynu tum ta okay wa アイヌのなかで暮らして。〔274-4〕
(釧路アイヌ語の会・編「釧路地方のアイヌ語語彙集」藤田印刷エクセレントブックス p.167 より引用)
これは……ほぼ同じようにも見えますが、びみょうにニュアンスの違いがあるようにも感じられます。そもそも tum-o- という用例が実在するのか……というところから疑ってかかりたいところです。

山田秀三さんの「北海道の地名」(1994) には次のように記されていました。

友知 ともしり
 根室市街の東南,太平洋岸の地名,島名,岬名,湾名。永田地名解は「トゥモシルシ tum-shir-ushi。湾島。直訳間の地面と云ふ義なり。二岬の間にある地面を云ふ」と書いた。どうもはっきりしない解であるが,友知湾内の土地を指したものか?
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.243 より引用)
あれ? 永田地名解を引用した筈なのに、なんか全然内容が異なるような……。改めて永田地名解を読み直してみると、山田さんが引用した内容は「島嶼」の項にありました。

Tumo shir'ushi   ト゚モ シルシ   灣島 直譯、間ノ地面ト云フ義ナリ「トモ、シリ、ウシ」ノ急言ニシテ二岬ノ間ニアル地面ヲ云フ
(永田方正「北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.364 より引用)
ちなみにこの内容、良く見ると Tum-oTumo になったくらいで、他は殆ど違いが無かったりするんですよね。ただ、一番疑問に思った部分(-o)だけ微修正された感じで、なんか「ぐぬぬ……」という感じです(山田さんが Tumo をしれっと tum に直しているのは謎ですが……?)。

Tumo というのも tumu なのか tomo なのか謎ですが、まぁ決定的な違いは無さそうな気もします。tomo-sir-us-i で「中間・地面・ついている・ところ」と考えられそうです。もしかしたら tomo-mosir で「中間・島」だったものが、mo の重複を嫌って tomo-sir に化けたという可能性も……あるかも?

「二つの島」説

戊午日誌 (1859-1863) 「東部能都之也布誌」には次のように記されていました。

海上十余丁を隔てゝ
      トモシリ
 と云て、周十五六丁位の島二ツ有、其儀トツフモシリの転じたるなり。トツフは二ツ、モシリは島也。平山にして岸は皆岩なり。
松浦武四郎・著 秋葉実・解読「戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 上」北海道出版企画センター p.583 より引用)
これは島のことを tu-mosir で「二つの・島」と呼んだということですね。tup は「二つ」という意味ですが、tup-mosir という組み合わせが地名として適切かどうかは……これまた個人的にはちょっと疑問が残ります。まぁ tu-mosir だとすれば特に問題無さそうな気がするのですが……。

この考え方は更科源蔵さんも追認していたようで、山田秀三さんも「北海道の地名」で次のように締めていました。

ただ音だけでいうならばトゥ・モシリ・ウㇱ・イ(tu-moshir-ush-i 二つの・島が・ある・処)とその辺を呼んだのかもしれない。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.243 より引用)
この考え方は納得の行くもの……だと思っていたのですが、「チトモシリ島」の存在にちょいと疑問を持ってしまい……。続きます!(ぉ)

チトモシリ島

si-tomo-mosir??
主たる・中間・島
(?? = 記録はあるが疑問点あり、類型未確認)
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
「友知湾」の東、「トモシリ岬」と「友知島」の間に「チトモシリ島」という島があります。明治時代の地形図には漢字で「地友知島」と描かれていました。ふむふむ、「友知トモシリ島」とそのサブセットである「チトモシリ島」か……と思ったのですが、よく考えると「チトモシリ島」の「チ」とは? という疑問に思い当たりました。

「チトモシリ島」って何? という疑問に対し、「北海道地名誌」(1975) は次のように記してありました。

 チトモシリ島 トモシリモシリ島と並んでいる小島。吾々の二つ岩の意か。
(NHK 北海道本部・編「北海道地名誌」北海教育評論社 p.706 より引用)
え……。いや、確かに chi は「我々の」を意味しますが、「チトモシリ島」が「我々の二つ岩」であれば、「友知島」とは一体……。「トモシリモシリ島」というのも屋上屋を架す感がありますが……。

「チトモシリ島」の「チ」がどうにも意味不明なのですが、「チ」ではなく「シ」だったとしたらどうでしょう。si-{tomosir} であれば「主たる・{友知島}」と読めそうですが、「チトモシリ島」は「友知島」と比べるとどう見ても小ぶりなので、「友知島」を差し置いて「主たる──」と呼ぶのは、やはり違和感が残ります。

……ここまで考えて「!」となったのですが、「トモシリ」が tomo-mosir で「中間の・島」だったとしたらどうでしょう。「チトモシリ島」は「トモシリ島」と「トモシリ岬」の中間に位置する島と岩礁の間では、圧倒的な大きさのものです。そのことを指して si-tomo-mosir で「主たる・中間の・島」と呼んだのではないか……と。

この考え方の最大の欠点は「友知トモシリ島」のネーミングが自己矛盾に陥ってしまうところなのですが、永田方正が記録した「間の地面」という謎の解釈と整合性が取れるんですよね。

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