2023年3月21日火曜日

「日本奥地紀行」を読む (女性のための日本の道徳律 (2))

イザベラ・バードの「日本奥地紀行」(原題 "Unbeaten Tracks in Japan")には、初版(完全版)と、いくつかのエピソードが削られた普及版が存在します。今日は引き続き、初版の「第二十九信」の最後に添えられた「女性のための日本の道徳律」を見ていきます。
この記事内の見出しは高畑美代子「イザベラ・バード『日本の未踏路』完全補遺」(中央公論事業出版)の「初版からの省略版(普及版)の削除部分を示す対照表」の内容を元にしたものです。当該書において、対照表の内容表示は高梨謙吉訳「日本奥地紀行」(平凡社)および楠家重敏・橋本かほる・宮崎路子訳「バード 日本紀行」(雄松堂出版)の内容を元にしたものであることが言及されています。

女性のための日本の道徳律[女大学](続き)

(幸いなことに)「普及版」ではバッサリとカットされた部分が続きます。とにかく時代錯誤でうんざりする内容ばかりですが、そんな時代もあったよねといつか話せる日が来ることを期待して……

 第10. 女性は常に義務に忠実にして、早起きして、朝から夜遅くまで働かねばならない。昼寝をしてはならず、家計を学び、績み紡ぎ・縫い物、糸くりを怠らず、茶や酒を飲みすぎてはいけない。
(高畑美代子「イザベラ・バード『日本の未踏路』完全補遺」中央公論事業出版 p.104 より引用)
これ、どこかで聞いたことがある……と思ったのですが、さだまさし……!

 第11. 妻は高価な衣類にお金を費やしてはいけない。その収入に見合った衣服を身につけなければならない。
(高畑美代子「イザベラ・バード『日本の未踏路』完全補遺」中央公論事業出版 p.104 より引用)
あくまで「収入」であって、労働に対する対価では無いのがポイントですね。「一体誰のおかげで食わせてもらってるんだ」という発想なんでしょうけど、「家の中を切り盛りする」のも立派な労働ですし、対価を以て報いる必要があるわけですが……。

 第12. 妻が若いときには、いかなる若い男、夫の親戚や召使でさえもと親しげな口を利くべきではない──男女間の距離は遵守されなければならないからである。
(高畑美代子「イザベラ・バード『日本の未踏路』完全補遺」中央公論事業出版 p.104 より引用)
久々にクスッと笑える系の内容です。「妻が若いときには」という前提条件が最高にクールですよね。

 第13. 装飾品や衣類は派手であってはならないが、きちんとして清潔でなければならない。
(高畑美代子「イザベラ・バード『日本の未踏路』完全補遺」中央公論事業出版 p.104 より引用)
おっ、珍しく割とマトモなことを言っている……と思ったのですが……

その身分にふさわしい衣類を身につけなければならない。
(高畑美代子「イザベラ・バード『日本の未踏路』完全補遺」中央公論事業出版 p.104 より引用)
おいおいおいおい……。「その身分」って何ですか。これ、どう見ても「主人と使用人」の間の話(だとしても許せない内容が多いですが)にしか見えないですが、「妻に対する心得」なんですよね……。

 第14. 3 月の 1 日ないし 3 日、 5 月 5 日のような祭祀期間には、妻は自分の親戚より先に、夫の親戚をまず訪ねなければならない。
(高畑美代子「イザベラ・バード『日本の未踏路』完全補遺」中央公論事業出版 p.104 より引用)
内容がアレなのは救いようがないのですが、それよりもこの書きっぷりが……。「道路交通法」を読んでいるような感覚がありますよね(汗)。

また、夫の許可なくして、外出したり、誰であれ他の人に贈り物をしてはならない。
(高畑美代子「イザベラ・バード『日本の未踏路』完全補遺」中央公論事業出版 p.104 より引用)
ここまで来ると……もはや軟禁じゃないですか。

 第15. 女性は自分の親を継ぐのではなく、舅・姑の跡を継承するのであるから、実の親以上に舅・姑に情け深くあらなければならない。
(高畑美代子「イザベラ・バード『日本の未踏路』完全補遺」中央公論事業出版 p.104 より引用)
ふわあぁぁ。来ましたね「伝統的な家族観」。こういった化石のような価値観を粉砕するために様々な努力が重ねられてきた筈なのですが、旧態然に戻そうと画策する連中が今でも存在するというのは恐ろしいとしか……。

妻は自分の家系を自慢にしてはならない。
(高畑美代子「イザベラ・バード『日本の未踏路』完全補遺」中央公論事業出版 p.104 より引用)
おっ、これまた久しぶりにクスッと来る系ですね。これはほぼ間違ってないような気がするのですが、間違いがあるとしたら「妻は」の部分ですかね。「妻は」を「妻も夫も」に置き換えれば良いのではないかと(元フジテレビの人もね)。

 第16. 女性はいかに多くの使用人がいようとも、自分の身の回りは自分でするのが女性の決まりである。女性は衣類を縫い、舅・姑の食事を作り、洗濯をし、夫の布団を整えなければならないし、自分の子どもの世話をするときは、自分で下着を洗わなければならない。
(高畑美代子「イザベラ・バード『日本の未踏路』完全補遺」中央公論事業出版 p.104 より引用)
何なんですかねこれは……。余計なお世話だと思うのですが……。

女性は常に家にいて、用事のあるとき以外は外出してはいけない。
(高畑美代子「イザベラ・バード『日本の未踏路』完全補遺」中央公論事業出版 p.104 より引用)
おっ、また軟禁ですね。

 第17. 女性が女の召使を持っているときは、召使の心根が、無学で、先生についたことがなく、おしゃべりならば、彼女はその面倒をみなければならない。
(高畑美代子「イザベラ・バード『日本の未踏路』完全補遺」中央公論事業出版 p.104 より引用)
これまた余計なお世話だと思うのですが……。使用人が無学な場合、そのケアに務めるべきである……というのであれば(まだ)理解できるのですが、「女の召使」とか、女性蔑視丸出しなのが実に痛いとしか……。

また、「女の召使」が夫の親戚や友人を中傷することがあるとして、その場合は……

そのような召使は解雇したほうがよい。そのような程度の低い人間は程度の低いことをするにちがいないからだ。女主人は自分の使用人が間違いを犯したときには点検し、その間抜けさを哀れむべきであり、今後はもっと気をつけるように諭さなければならない。
(高畑美代子「イザベラ・バード『日本の未踏路』完全補遺」中央公論事業出版 p.104-105 より引用)
前回の記事でも触れましたが、この本文は次のように改変・翻訳が行われている……と考えられます。

貝原益軒「和俗童子訓『女子ニ教ユル法』」
 ↓(読みやすい形に改変)
「女大学」
 ↓(英訳)
Nicholas McLeod "Epitome of the Ancient History of Japan"
 ↓(引用)
Isabella L. Bird "Unbeaten Tracks in Japan"
 ↓(和訳)
高畑美代子「イザベラ・バード『日本の未踏路』完全補遺」

英訳と和訳を経由しているため、全体的に言い回しがくだけた感じになっているように思えます(わかりやすいので個人的には歓迎です)。「その間抜けさを哀れむべき」という表現が面白いなぁと思ったのですが、"Unbeaten Tracks in Japan" ではどうなっていたかと言うと……

A mistress must check her servant when she makes a mistake, and pity her stupidity, and warn her to be more careful in future.
(Isabella L. Bird, "Unbeaten Tracks in Japan" より引用)
ふむふむ。pity her stupidity を「その間抜けさを哀れむ」としたのですね。

 第18. 女性には、中傷をなし、他人を侮蔑し、嫉妬深く、無知だという五つの悪い性質があるが、10人中7、8人はこれらの病癖を有している。
(高畑美代子「イザベラ・バード『日本の未踏路』完全補遺」中央公論事業出版 p.105 より引用)
ひゃああああ、よりによって「病癖」ですか。どストレートな女性差別が来ましたね。

これは男性に比較して女性が劣るということの表れであり、とにかく女性はそれらを直す必要がある。
(高畑美代子「イザベラ・バード『日本の未踏路』完全補遺」中央公論事業出版 p.105 より引用)
……。流石に最近はここまでストレートな女性差別を口にする人は少なくなった(と信じたい)のですが、「女性」を「外国人」や、とりわけ「難民」に置き換えると、似たようなことを公言する輩が少なくないような気も……。

これのうちもっとも悪いのは無知であり、他の悪癖の源泉である。
(高畑美代子「イザベラ・バード『日本の未踏路』完全補遺」中央公論事業出版 p.105 より引用)
これは……まぁ、理解できなくはないのですが、女性に限った話では無いですよね。無知な女性と同じくらい、あるいはそれ以上に「無知な男性」もいる筈ですし、この「無知」が「無教養」を意味するのであれば、男性と同等に高等教育の機会が与えられなかったことに起因する……とも考えられます。いずれにせよ構造的なものであり、「女性は──」と一括りにして批判できるものではありません。

女性は知恵がないので、控えめにして、その夫に従わねばならない。
(高畑美代子「イザベラ・バード『日本の未踏路』完全補遺」中央公論事業出版 p.105 より引用)
行き着く先がコレですか。ため息が出ますね……。

 上述の教訓は、すべての女子が幼児の頃から教えられ、読み書きによって学ぶので、女子がこれらを忘れることはないだろう。
(高畑美代子「イザベラ・バード『日本の未踏路』完全補遺」中央公論事業出版 p.105 より引用)
はぁ……。こんな価値観がまかり通っていた時代に「元始女性は太陽であつた」とぶち上げた平塚らいてうは凄いですよね(平塚らいてうはイザベラが奥地紀行を行った 8 年後の 1886 年生まれです)。

原注1 : この翻訳は、マクレオソド(N. Macleosod)氏の日本の歴史と習慣についての好奇心をそそられる小著からのものである。
(高畑美代子「イザベラ・バード『日本の未踏路』完全補遺」中央公論事業出版 p.105 より引用)
この「マクレオソド」は Nicholas McLeod のことで、手元の英語のテキストを見ても Mr. N. Macleod と記されています。どこから Macleosod という人名?が出てきたのか謎ですが、まさか「アーグルトン」のような剽窃チェッカーじゃないですよね……?

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