この記事内の見出しは高畑美代子「イザベラ・バード『日本の未踏路』完全補遺」(中央公論事業出版)の「初版からの省略版(普及版)の削除部分を示す対照表」の内容を元にしたものです。当該書において、対照表の内容表示は高梨謙吉訳「日本奥地紀行」(平凡社)および楠家重敏・橋本かほる・宮崎路子訳「バード 日本紀行」(雄松堂出版)の内容を元にしたものであることが言及されています。
女性のための日本の道徳律[女大学]
「日本奥地紀行」の「初版」には、第二十九信の最後に「女性のための日本の道徳律[女大学]」と題した文が添えられていました。この「女大学」は貝原益軒の「和俗童子訓」巻5の「女子ニ教ユル法」をベースにしたものと言われ、Nicholas McLeod が "Epitome of the Ancient History of Japan" にて「女大学」を英訳しています。イザベラは「女大学」の内容を当該書から引用している……ということになるので、つまりは……えーと……貝原益軒「和俗童子訓『女子ニ教ユル法』」
↓(読みやすい形に改変)
「女大学」
↓(英訳)
Nicholas McLeod "Epitome of the Ancient History of Japan"
↓(引用)
Isabella L. Bird "Unbeaten Tracks in Japan"
↓(和訳)
高畑美代子「イザベラ・バード『日本の未踏路』完全補遺」
ということになるでしょうか。
これから、この「女大学」を見ていこうと思うのですが、これがまぁ吐き気がするような酷い内容でして……。間違いなく江戸時代の *負の遺産* なのですが、未だにこんな価値観を良しとする人もいるんですよね……(誰とは言いませんが)。
第1の教訓。すべての女子は、適齢において他家の男性と結婚しなければならない。それで、女子は舅・姑に従い仕えねばならないので、両親は男児以上に女児の教育に注意深くあらねばならない。もし女子が甘やかされるならば、彼女の夫の親戚と争うことになるであろう。
(高畑美代子「イザベラ・バード『日本の未踏路』完全補遺」中央公論事業出版 p.102 より引用)
この性差別的で時代錯誤な考え方、今でもちょくちょく目にしますよね。「女子は──他家の男性と結婚しなければならない」「女子は舅・姑に従い仕えねばならない」とか、まるで奴隷じゃないですか……。第2.女性はよい心根を持つことが見目麗 しさよりも良しとする。性根のよくない女性は、その激情により騒動を起こし、その目は恐ろしく、大声で、騒々しく、怒るときは家族の秘密を口にし、そのうえ、他の人々を嘲笑い、他の人々を侮り、嫉妬し、他人に対して意地が悪い。
(高畑美代子「イザベラ・バード『日本の未踏路』完全補遺」中央公論事業出版 p.102-103 より引用)
なんかもう、早速引用したことを後悔しているのですが……。「女性は見た目よりも性格」と言えば「そうだよね」と思えるのですが、「性根のよくない女性は──」から始まる文章は……なんですかこれは。第3.両親は娘を男性に近づかせないように教育すべきである。
(高畑美代子「イザベラ・バード『日本の未踏路』完全補遺」中央公論事業出版 p.103 より引用)
これはまぁ……多少は理解できなくも無いですが……。夜分、女性が外を歩くときは、提灯を持ち歩き、出歩くときは、家族の男性ですら、親族の女性と距離を置かねばならない。これらの決まりを無視する人間は礼儀知らずとされて、家族が指弾される。
(高畑美代子「イザベラ・バード『日本の未踏路』完全補遺」中央公論事業出版 p.103 より引用)
は、はぁ。もはや完全に腫れ物扱いのような気も……。第4.夫の家は、妻の家である。夫が貧しくなったとしても、妻はその家を去ってはならない。もしそのようなことをして離縁などされれば、その女にとって生涯の恥となろう。
(高畑美代子「イザベラ・バード『日本の未踏路』完全補遺」中央公論事業出版 p.103 より引用)
これはまぁ……今の日本国憲法の下では否定されるべき考え方ですが、まぁ「そんな時代もあったねと」と思わせるものでしょうか。夫が妻を離縁してもいい七つの理由がある。妻が舅・姑に従わない場合、不貞を働いた場合、嫉妬深い場合、らい病[ハンセン病]の場合、子どもがない場合、盗みをする場合、お喋りな場合である。
(高畑美代子「イザベラ・バード『日本の未踏路』完全補遺」中央公論事業出版 p.103 より引用)
……は? 「お喋りな場合」は妻を離縁してもいい?これらの離縁の理由の最後には、いずれも「女性がひとたび夫の家から出されたならば、大変な不名誉である」と付け加えられている。
(高畑美代子「イザベラ・バード『日本の未踏路』完全補遺」中央公論事業出版 p.103 より引用)
なんというか……めちゃくちゃですよね。ひとたび夫の家に入ったならば、死ぬまでこき使われることが前提で、しかも夫の家から *脱出* することが「大変な不名誉」だとされたら、もう逃げ道は無いわけで……。第5.娘が結婚していない場合は、両親を敬うべきであるが、結婚したのちは、自分の親以上に舅・姑を敬うべきである。
(高畑美代子「イザベラ・バード『日本の未踏路』完全補遺」中央公論事業出版 p.103 より引用)
これはまた……どこかの宗教団体が喜びそうな内容ですね。いや、舅・姑に敬意を払うのは当然じゃないか……と思われるかもしれませんが、朝夕に舅・姑の健康に気遣い、彼らのためにすることはないかと尋ねなければならない。また同様に彼らが命じたことはすべてしなければならない。もし、彼らが彼女を叱っても口答えしてはいけない。
(高畑美代子「イザベラ・バード『日本の未踏路』完全補遺」中央公論事業出版 p.103-104 より引用)
続くこの文章を見てしまうと、どう見ても一線を越えてますよね。これは「家族の一員」ではなく「奴隷」「召使い」の心得を記したものにしか見えません。彼女の気立てが優しい気質を示すならば、最後には、問題も平和的に解決するであろう。
(高畑美代子「イザベラ・バード『日本の未踏路』完全補遺」中央公論事業出版 p.104 より引用)
……は? ツッコミを入れる気力も失われつつありますが……。第6.妻は夫以外の主人も師匠も持ってはならない、
(高畑美代子「イザベラ・バード『日本の未踏路』完全補遺」中央公論事業出版 p.104 より引用)
これは当然と言えば当然なのかもしれませんが、「習い事」で師事するという可能性も完全に封じられているんですよね。それゆえ、夫の言いつけに従い、愚痴をこぼしてはならない。女性が守らなければならない規則は従属である。
(高畑美代子「イザベラ・バード『日本の未踏路』完全補遺」中央公論事業出版 p.104 より引用)
はいぃぃぃぃいいい?(リアクションが壊れつつある) 妻が夫と話をするときには、笑顔をもって、控えめな言葉をもってして、粗野であってはいけない。これは女性の主たる義務である。
(高畑美代子「イザベラ・バード『日本の未踏路』完全補遺」中央公論事業出版 p.104 より引用)
女性の「主たる義務」って……。ただ、「妻」を「女性社員」に、そして「夫」を「男性社員」に置き換えたりとか、あるいは「夫」を「顧客」に置き換えたりすると、今でも普通に通用しそうな職場もありそうで、ちょっと寒気がしますよね。妻はその夫の命じるところに従わねばならない。夫が怒っても反抗せずに、従わねばならない。すべて女性は夫を天とあがめ、夫に反抗せず、天の罰を受けねばならない。
(高畑美代子「イザベラ・バード『日本の未踏路』完全補遺」中央公論事業出版 p.104 より引用)
そのうち「妻は夫に鞭打たれても歓喜の声を上げなければならない」とか言い出しそうな予感……(汗)。第7.すべての夫の親族は彼女の親族である。彼女は彼らと争ってはならない、さもなければ家族は不幸になるであろう。
(高畑美代子「イザベラ・バード『日本の未踏路』完全補遺」中央公論事業出版 p.104 より引用)
うわっ、この脅し方はまるで「○○教会」そのまんまじゃないですか……。この後絶対「壺」を買わされるパターンですよこれ。第8.妻は夫が彼女に対して不実であっても嫉妬してはならないが、優しく、親切な態度で諭すべきである。
(高畑美代子「イザベラ・バード『日本の未踏路』完全補遺」中央公論事業出版 p.104 より引用)
なんとまぁ自分勝手な……。妻が不貞を働いた場合は「離縁しても良い」のに、夫が不実な場合は「嫉妬してはならない」って、どんな不平等条約ですか。第9.女性はお喋りであってはならないし、誰の告げ口をしてもいけないし、嘘をついてもいけない。彼女が誰かの中傷を聞いたとしても、繰り返してはいけない──それは家族間の言い争いの原因になるからだ。
(高畑美代子「イザベラ・バード『日本の未踏路』完全補遺」中央公論事業出版 p.104 より引用)
ここまでの「第1」から「第8」があまりに酷かったので、こんな内容でも比較的マトモに見えてくるのが恐ろしいですね。「告げ口は良くない」「嘘はいけない」というのは現代においても有効な処世術というか、ある種の社会規範として有用だと考えられます。ただ、明らかに主語が間違ってますよね……。こんな調子でまだまだ続くんですが、読むだけで疲労感が半端ないので、今日はこの辺で……。現代においてこんな規範を理想とするのは、もはや異常者としか言いようがないですよね……。
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