2023年2月12日日曜日

北海道のアイヌ語地名 (1012) 「ニニンタル川・ライベツ川・アチャポンベツ川」

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
地図をクリックしたら地理院地図に飛べたりします。

ニニンタル川

i-mintar??
アレ(熊)・遊び場
(?? = 記録はあるが疑問点あり、類型未確認)
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
別海町と根室市の境界となっている「風蓮川」の南支流で、国道 243 号の東側を流れています。地理院地図には川として描かれていますが、残念ながら川名の記入はありません。「東西蝦夷山川地理取調図」(1859) には似た位置に「カムイチセンヘ」と「ホロカムイチセンベ」という川が描かれていました。

これらの川については、永田地名解 (1891) に次のように記されていました。

Kamui chisei un be  フーレベツ東支 カムイ チセイ ウン ベ  熊穴
Poro kamui chisei un be  ポロ カムイ チセイ ウン ベ 大ナル熊穴
永田方正北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.371 より引用)
{kamuy-chise}-un-pe で「{クマの穴}・そこにある・もの(川)」と読めそうでしょうか。

ところが、明治時代の地形図(複数)を見ると、「ニニンタル」あるいは「ニンタル」と描かれています。一見、意味不明な感じですが、「?ミンタル」であれば mintar で「」である可能性が出てくるでしょうか。

kamuymintar であれば kamuy-mintar で「クマ・遊び場」と言う可能性が真っ先に思いつきます。「カムイミンタル」が「ニニンタル」あるいは「ユニンタル」に化けるのは少々難易度が高そうですが、kamuy を憚って i(アレ)と呼んだとしたら、i-mintar で「アレ(熊)・遊び場」となりそうな気も。縦書きが前提ですが、「イミンタル」が「ユニンタル」に転記ミスされたんじゃないかな……と。

ライベツ川

ray-pet
死んだように流れの停滞した・川
(記録あり、類型あり)
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
「風蓮川」の南支流で、厚床の北から国道 243 号の西側を北に向かって流れています。「東西蝦夷山川地理取調図」(1859) にも「ライヘツ」という名前の川が描かれています。

「初航蝦夷日誌」(1850) と「竹四郎廻浦日記」(1856) には「ラヱベツ」として記録されていました。残念ながら解釈については記されていませんが、永田地名解 (1891) には次のように記されていました。

Rai pet   ライ ペッ   死人川
永田方正北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.371 より引用)
これまた定番の解釈ですが、「地名アイヌ語小辞典」(1956) には次のように記されていました。

ray らィ 《完》死ぬ;死んでいる。──川で云えば古川に水が流れず停滞しているような状態を云う。
知里真志保地名アイヌ語小辞典」北海道出版企画センター p.105 より引用)
「ライベツ」という川名も道内にいくつか確認できますが、殆どの場合は「死人」とは関係ないと見て良いかと思われます。厚床の「ライベツ川」も ray-pet で「死んだように流れの停滞した・川」と考えて良いのではないかと……。

アチャポンベツ川

at-{chep-po}-un-pet?
もう一つの・{小魚}・そこにいる・川
(? = 記録はあるが疑問点あり、類型あり)
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
根室市西厚床から北に向かって流れて「風蓮川」に注ぐ南支流です。地理院地図には川として描かれていますが、残念ながら川名の記入はありません。

東西蝦夷山川地理取調図」(1859) にはそれらしい川が描かれていませんが、明治時代の地形図には「アチヤポンペツ」という名前の川が描かれていました。

幸いなことに永田地名解 (1891) に記載がありました。

Achipon pet   アチポン ペッ   ウグヒ魚多キ川 根室「アイヌ」ノ説ナレトモ疑フベシ
永田方正北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.372 より引用)
「ウグイの多い川」だと言うが疑わしい……ということですね。確かに知里さんの「動物編」(1976) を見ても「アチポン」が「ウグイ」だとする記述は見当たりません(「ウグイ」は一般的には supun と呼ぶ場合が多いかと思いますが、「動物編」には合わせて 15 もの呼び方が記録されています)。

ただ「動物編」には「ウグイ」を supún-čeppo と呼んだとの記録がありました。čeppochep-po で「魚・小さい」なので、{chep-po}-un-pet であれば「{小魚}・そこにいる・川」と解釈できそうな気がします。

となると問題は頭の「ア」なのですが、これは ar- で「もう一方の」と考えられそうでしょうか。ar-ch の前では at- に音韻変化するので、at-{chep-po}-un-pet で「もう一つの・{小魚}・そこにいる・川」と読めそうな感じですね。

「ニニンタル川」あたりと比べると割とすんなりと読み解けたような気もするのですが、なぜ永田方正が「疑わしい」との注記を残したのかが気になるところです。その理由が「『ウグイ』と言ったら『シュプン』だろ JK」とかだったら「あーはいはい」と無視することもできるのですが……。

他にもこんな説が

鎌田正信さんの「道東地方のアイヌ語地名」(1995) には次のように記されていました。

 ア・チャ・ポン・ペッ(a-cha-pon-pet われらが・刈る・小さい・川)の意で、ガマやスゲなど敷物にする草を刈りつけていたところであった。
(鎌田正信「道東地方のアイヌ語地名【国有林とその周辺】」私家版 p.383 より引用)
うーん……。確かに素直に解釈するとそうなりますよね……。ただ、一般的には kina-cha-us-i で「草・刈る・いつもする・ところ」となる場合が多いので、何故 a-cha なのかという点が若干謎です。そう言えば「北海道地名誌」(1975) にも次のように記されていたのですが……

 アチャポンベツ川 西厚床から流れ風蓮川に入る小川。叔父の小川と訳せる。
(NHK 北海道本部・編「北海道地名誌」北海教育評論社 p.705 より引用)
うーん、確かに素直に解釈すると(以下同文)。acha あるいは achapo は「おじ」を意味するので、achapo-un-pet であれば「おじの居る川」と読めなくも無いのですが……。

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