(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
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類来(るいらい)
(? = 記録はあるが疑問点あり、類型あり)
弟子屈町プイラクニと標茶町ヌッパシュナイの境界となる山の頂上付近にある三等三角点の名前です(標高 172.6 m)。「プイラクニ」と「ヌッパシュナイ」はどちらも先週取り上げた地名ですが、なぜ今頃記事にしたかと言うと……三角点名の整理を怠っていたのが原因です(すいません)。
三角点の南側を「人見無川」が流れていますが、明治時代の地形図ではこの川の位置に「ルエラニ」と描かれていました。ru-e-ran-i で「路・そこで・降りる・ところ」と読めそうですが、「地名アイヌ語小辞典」(1956) によると……
ru-e-ran, -i ルえラン 坂;坂の降り口。[<ru-e-ran-i(路が・そこから・降っている・所)]ということで、平たく言い換えれば「峠道の入口」と言ったところでしょうか。「類来」は「ルエラニ」の訛った形ではないか……と思われます。
それにしても、「ルエラニ」が何故「人見無川」になっちゃったんでしょうねぇ……。
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
小辰丑(おたつうし)
(?? = 記録はあるが疑問点あり、類型未確認)
標茶町磯分内の南、シュンケップウシュナイ川の東支流である「1 号川」を遡ったところにある二等三角点の名前です(標高 124.3 m)。余談ですが、標茶町には「1 号川」が 12 箇所存在するとのこと(OpenStreetMap の目視で確認)。管理が面倒なんじゃないか……という疑問とともに、もしかしたらアイヌ語の川名が「1 号川」の分だけで 12 個失われた可能性もあるんですよね。
「おたつうし」という音からは o-tat-us-i で「河口・樺の木の皮・多くある・もの」である可能性が真っ先に考えられます。ただ地名では tat-ni で「樺の木の皮・木」、つまり「樺の木」となるケースが多く、実際に磯分内の南東の「瀬文平橋」の近くで釧路川に合流する川は「オタツニウシ川」です。
踏舞する樹木?
明治時代の地形図には「シュンケップウシュナイ川」とその支流が描かれていますが、残念ながら支流の名称は記されていません。また釧路川の西支流で、現在は「栄川」と呼ばれる川がありますが、この川に相当すると思われる川の旧称が「タプカルニオイ」だとのこと。tapkar は「踏舞する」で ni-o-i は「木(あるいは流木)・多くある・ところ」と読めそうですが、この文脈?であれば tapkar-ni と呼ばれる樹木があった、という可能性も考えたくなります。
ところが知里さんの「植物編」(1976) には「オミナエシ」を意味する tapkar-kina と「オトコエシ」を意味する tapkar-mun は見つかったものの、tapkar-ni なる樹木は見当たりません(「イチイ」を意味する tarma-ni はありましたが)。
ナラの木?
さてこれはどうしたものか、やはり「タプカルニオイ」のあたりでは日夜香水を身に纏ったリア充が踏舞していたのか……などと訳のわからないことを考え始めたところで、「釧路地方のアイヌ語語彙集」に tapkanni という語が「ナラの木」を意味すると記されていることに気づきました。どうやら「タプカルニオイ」は {tapkan-ni}-o-i で「{ナラの木}・多くある・もの(川)」だった可能性がありそうです。リア充は滅するが良い!(やめなさい)
ところでこの項の本題は「
頭の「オ」も出どころ不明ですが、o-{tapkan-ni}-o-i で「河口・{ナラの木}・多くある・もの(川)」だったんでしょうか……?
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