2022年11月20日日曜日

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北海道のアイヌ語地名 (989) 「ヌッパシュナイ・コムケップ川・ポンキンマンタワ川」

 

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
地図をクリックしたら地理院地図に飛べたりします。

ヌッパシュナイ

nup-pas-oma-nay??
野・炭・そこにある・川
(?? = 典拠あるが疑問点あり、類型未確認)
標茶町磯分内の西北西を流れる「人見無川」周辺の地名(住所)で、町境にある四等三角点「風靡」の東隣は弟子屈町ヌプパシュナイです。どちらも郵便番号の設定はありませんが、「運輸局住所コード」の設定があります。

標茶町の「字ヌッパシュナイ」と弟子屈町の「ヌプパシュナイ」はほぼ隣接しているので、元はこのあたり一帯が「ヌパシュナイ」と呼ばれていたと思われるのですが、不思議なことに明治時代の地形図には「ルエラニ」とだけ描かれていて、「ヌッパシュナイ」や「人見無川」の由来と思しきものは見当たりません。

この、謎の「ヌッパシュナイ」ですが、「角川──」に記載がありました。

 ぬっぱしゅない ヌッパシュナイ <標茶町>
〔近代〕昭和26年~現在の標茶(しべちゃ)町の行政字名。もとは標茶町大字標茶村の一部。古くはヌッパシュマナイともいった。地名の由来はアイヌ語のヌッパシュナイ(カラスが沢山いる沢の意) によるという。
(「角川日本地名大辞典」編纂委員会・編「角川日本地名大辞典 1 北海道(上巻)」角川書店 p.1116 より引用)
「カラス」は一般的には paskur が使われていますが、念のため「アイヌ語方言辞典」を確かめてみました。それによると樺太で etuhkapaskunchikah、千島で pasukuru とある以外は、見事に全て páskur でした。

そこにカラスは居たか

「ヌッパシュナイ」は「カラスが沢山いる沢」だと言うのですが、「ヌッパシュナイ」の中に paskur が含まれると考えるのはちょっと難しいので、paskur(カラス)が pas と略された……ということでしょうか。paskurpas-kur で「消炭・姿」と分解できそうな気もするのですが、pas はあくまで「木の燃えカス(炭)」でしか無いというのが難点ですが……。

ここで「カラス」の一種として nup-paskur のような言い回しでもあれば一発逆転(?)の可能性もあるのですが、知里さんの「動物編」を見た限りでは、そのような言い回しは見当たりません。

となると paskur(カラス)の線を一旦捨てて pas(炭)と考えるべきでしょうか。その場合は nup-pas-nay で「野・炭・川」あるいは nup-pas-oma-nay で「野・炭・そこにある・川」となるでしょうか。「泥炭のある川」と考えることができそうです。

もっと単純に nup-pa-us-nay で「野・かみ・ついている・川」と考えることもできそうですが、これだと「ヌッパシュマナイ」と読むのが難しそうなので、ちょっと無理がありそうでしょうか。
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)

コムケップ川

komke-p???
曲がっている・もの(川)
(??? = アイヌ語に由来するかどうか要精査)
釧路川の東支流で、磯分内川の北隣を流れています。コムケップ川の下流部(JR 釧網本線より西)は弟子屈町と標茶町の境界となっています。

規模の小さい川だからか、明治時代の地形図には川名の記入がありません(近くに「トノンコ」という地名が記入されていますが、これは左から「コンノト」と読むのが正解のような気が)。「東西蝦夷山川地理取調図」には川自体が描かれておらず、戊午日誌「東部久須利誌」にもそれらしい川の記録はありません。

「獣を乾かす枠や倉のあるところ」???

今回も、意外なことに「角川──」に記載がありました。

 こむけっぷ コムケップ <標茶町>
〔近代〕昭和26年~現在の標茶(しべちゃ)町の行政字名。もとは標茶町大字標茶村の一部。地名の由来はアイヌ語のコムケプまたはコムケップで「獣を乾す枠や倉のあるところ」を意味するという。
(「角川日本地名大辞典」編纂委員会・編「角川日本地名大辞典 1 北海道(上巻)」角川書店 p.566 より引用)
ん、これは……? 「獣(の皮)を乾かす枠」は ket が一般的で、また動詞としては chin だったり cinkar あたりで、「コムケプ」あるいは「コムケップ」とは関連性が良く見えません。

更に言えば pu は「倉」を意味しますが、だとしても「倉のあるところ」という解釈は無理があります。「角川日本地名大辞典」は執筆者の数が膨大で、大変失礼ながらこの手の記述の信頼性はピンキリという印象があります。前項の「カラス」についても疑問符が残りましたが、取り扱いにはちょっと注意したほうが良さそうな感じですね。

「曲がっている・もの」説

「北海道地名誌」には次のように記されていました。

 コムケップ川 上チャンベツ方面から流れ,標茶市街と五十石の間で釧路川に注ぐ小川。アイヌ語で曲っている川の意。
(NHK 北海道本部・編「北海道地名誌」北海教育評論社 p.680 より引用)
komke-p で「曲がっている・もの(川)」ではないか、ということですね。妥当な解だと思われますが、よく見るとこれは標茶駅の南にある「字コムケップ」を流れる川のことのようです(現在の川名は「尻無 1 号川」とのこと)。あ、「角川──」の記載も「字コムケップ」が対象のような気が……(妙だなぁとは思ったのですが)。

永田地名解にも「コㇺケㇷ゚」という記載があり(p.341)安心していたのですが、これもどうやら標茶駅の南の「字コムケップ」のことのようでした。振り出しに戻った感もありますが、磯分内の「コムケップ川」も komke-p で「曲がっている・もの(川)」と考えて良いかと思われます。

おそらくアイヌ語由来だと思われるのですが、古い記録で当時の川名が確認できないので「要精査」で ??? としています。
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)

ポンキンマンタワ川

pon-kim-oman-{tawa}??
子である・山・奥へ行く・{多和川}
(?? = 典拠あるが疑問点あり、類型未確認)
標茶駅の北で釧路川に合流する「多和川」という東支流があるのですが、この多和川を上流部まで遡ると「ポンキンマンタワ川」と「ポンキンマンタワ別川」に枝分かれしています。今気づいたんですが、地理院地図では「ポンキンマンタワ川」に相当する川も「多和川」のままですね……。

明治時代の地形図を眺めてみたところ、「ポンキンマンタワ川」の少し東側、現在は別海町域と思われるあたりに「キンマンコツ」という地名?が描かれていました。「キンマンコツ」は kim-un-kot(i) で「山(側)にある窪み」あたりか、あるいは kim-oman-kot(i) で「山に向かう窪み」とかでしょうか。「キンマンコツ」というカナ表記からは、後者の可能性が高そうな感じもしますが……。

北海道地名誌には次のように記されていました。

 キンマンタワ川 アヤメが原を流れるタワ川の名。アイヌ語で山奥にあるタワ川の意。
(NHK 北海道本部・編「北海道地名誌」北海教育評論社 p.680 より引用)
日本語は分かち書きの習慣がないので、偶に間違った読み方をして「???」となるのですが、「ポンキンマンタワ別川」の南、「多和川」の西を「アヤメガハラ川」という川が流れているので、引用文中の「アヤメが原を流れる」は「『アヤメが原』を流れる」なんでしょうね。

「山奥にあるタワ川」は kim-un-{tawa} で「山・そこにある・{多和川}」かと思ったのですが、「山奥」という表現からは kim-oman-{tawa} で「山・奥へ行く・{多和川}」と考えたほうが適切かもしれません。

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