2022年10月10日月曜日

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「日本奥地紀行」を読む (139) 久保田(秋田市) (1878/7/24)

 

イザベラ・バードの「日本奥地紀行」(原題 "Unbeaten Tracks in Japan")には、初版(完全版)と、いくつかのエピソードが削られた普及版が存在します。今日は引き続き、普及版の「第二十三信」(初版では「第二十八信」)を見ていきます。
この記事内の見出しは高畑美代子「イザベラ・バード『日本の未踏路』完全補遺」(中央公論事業出版)の「初版からの省略版(普及版)の削除部分を示す対照表」の内容を元にしたものです。当該書において、対照表の内容表示は高梨謙吉訳「日本奥地紀行」(平凡社)および楠家重敏・橋本かほる・宮崎路子訳「バード 日本紀行」(雄松堂出版)の内容を元にしたものであることが言及されています。

奇妙な質問

イザベラの「通訳」兼「召使」であり、実は「超優秀なアシスタント」でもあったことが明らかになった「伊藤」についての話題が続きます。仕事が良くできる代わりに態度がデカかったり、ピンハネの常習者と目されたりと、まぁ、色々とアレな部分も明かされたりした訳ですが……。

 彼は一番良い英語を話したがる。その言葉は俗語だとか、「ふつうコモン」の言葉だと言うと、彼はその語を使うのをやめる。
(イザベラ・バード/高梨謙吉訳「日本奥地紀行」平凡社 p.264 より引用)
伊藤はイザベラの従者になる前にも外国人の下で働いていた筈(本人は「推薦状は火事で焼けてしまった」と弁解していた)ですが、その時の「ご主人さま」はどこの国の人物だったのでしょう。「イギリス英語こそ正統」という発想があったのか、それとも「イギリス英語」の中でも上流階級が使う言い回しに憧れていたのか……?

数日前に、「今日はなんて美しい日でしょう」と言うと、すぐ彼は手帳を手にとって、「美しい日、とおっしゃいましたが、たいていの外国人が言う、おそろしく良い天気だ、よりも良い英語ですか」ときいた。私がそれは「ふつうコモン」の英語だ、というと、彼はその後しばしば「美しいビューテフル」という言葉を使った。
(イザベラ・バード/高梨謙吉訳「日本奥地紀行」平凡社 p.264 より引用)
どうやら伊藤はなるべく「上品な言い回し」を取り入れようとしていたように見えますね。「今日はなんて美しい日でしょう」は “What a beautiful day this is!” で、伊藤が例示した「おそろしく良い天気だ」は “a devilish fine day” だったようです。

また「質問をするとき、いったいそいつは何だ、と他の外国人が言うのですが、あなたは決して言いませんね。男はそう言ってよいが、女はそう言ってはいけないというのですか」。
(イザベラ・バード/高梨謙吉訳「日本奥地紀行」平凡社 p.264 より引用)
えっ、これはもしかして……と思ったのですが、原文によると ‘What the d─l is it?’ とのこと。伏せられている d─l はどうやら devil のようで、キングスイングリッシュで良く見られる言い回しだそうです。さすがに「F ワード」では無かったものの、イザベラとしては伏せたくなる言い回しだったのですね。

そこで私が、それは男性も女性も使うのはよくない、それはごく「ふつうコモン」の言葉だ、と答えると、彼は自分の帳面からその語を消してしまった。
(イザベラ・バード/高梨謙吉訳「日本奥地紀行」平凡社 p.264 より引用)
伊藤は the devil というブリティッシュ・スラングを知っていた……ということになるので、「軽めの英語」を口にするイギリス人とやり取りすることが多かった、ということかもしれませんね。語彙をしっかりと帳面でメンテするあたりは流石です。

極上の英語

ここまで見た限りでは、伊藤が自ら「極上の英語」を求めてイザベラにあれこれと質問していたように見えますが、イザベラから伊藤の英語に対して注文が入るケースもあったようです。

初めのうち彼は、いつも男のことを「やつフエロウ」と言った。「あなたのクルマをひくやつは一人にしますか二人にしますか」とか、「やつらと女たち」というふうに。
(イザベラ・バード/高梨謙吉訳「日本奥地紀行」平凡社 p.264 より引用)
「フエロウ」は fellow のことですが、確かに「奴」とか「仲間」と言ったニュアンスですね。車夫を fellow と呼ぶのはアリなんじゃないかな、と思ったりもしますが……(明確に上下関係のある言い回しだとしたら NG かも)。

ただ、伊藤は久保田の病院で主任医師のことを fellow 呼ばわりしたとのことで、これは流石にイザベラからツッコミがあったようです。病院のドクターを「兄ちゃん」呼ばわりは流石にちょっと……(汗)。

スラングだったりエスニックジョークだったり

イザベラは、伊藤が横浜で「言葉の正しい使い方」を学ぶのは、必ずしも容易なことでは無かったと見ていたようです。

横浜の多くの外国人の習慣のために、言葉の使い方が正しいか間違っているかを区別することが──たとえ彼が少ししか区別しなかったとしても──消えがちとなる。
(イザベラ・バード/高梨謙吉訳「日本奥地紀行」平凡社 p.265 より引用)
これは言語の「ピジン化」と言った大それた話ではなく、なんと言うか……スラングを多用する人たちが比較的多かった、と言ったところかもしれませんね。

彼は、酔った人を見た、と私に言いたいときには、「英国人のように酔っぱらったやつ」といつも言う。日光で私が彼に、日本で男子は何人合法的な妻をもてるかをきいたら、「合法的な妻は一人だけで、養えるだけの数の他の妻〈メカケ〉をもてるちょうど英国人と同じように」と答えた。
(イザベラ・バード/高梨謙吉訳「日本奥地紀行」平凡社 p.265 より引用)
あー、この辺はエスニックジョークでしょうか。エスニックジョークには思わずニヤリとさせられるものもありますが、限りなく「民族差別」に近いものも少なくないので、できれば使用したくないものです。

彼は、間違いを訂正することを決して忘れない。それは俗語だと注意するまで、彼は酪酎した人を「ぐでんぐでんタイト」といつも言っていた。
(イザベラ・バード/高梨謙吉訳「日本奥地紀行」平凡社 p.265 より引用)
はて tight にそんな意味があったかな……と思ったのですが、英辞郎 on the WEB には「〈俗〉〔酒に〕酔った」とありますね。

彼に「酔ったチプシー」「酔っぱらったドランク」「酩酊したイントキシケイテツド」という語を教えると、彼はどの英語が書く場合によいのかときいた。それ以来いつも彼は「酩酊した」人と言うようになった。
(イザベラ・バード/高梨謙吉訳「日本奥地紀行」平凡社 p.265 より引用)
tipsy は「ほろ酔い」とあり、intoxicated は「酔った」とありますね。intoxicated は「酒に酔った」状態だけではなく、薬物などで前後不覚になった状態や、陶酔したり興奮状態になった時にも使えるようです。

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