2022年10月8日土曜日

北海道のアイヌ語地名 (976) 「トイコイ川・ウランコシ川」

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
地図をクリックしたら地理院地図に飛べたりします。

トイコイ川

tu-e-kot-i??
支峰・そこに・くっついている・もの(川)
(?? = 典拠あるが疑問点あり、類型未確認)
サマッカリヌプリの東北東を流れる川です。「コイトイ」ならば道内のあちこちに見られますが、ここは「トイコイ」なんですよね。

食土?

「東西蝦夷山川地理取調図」には「トイトコ」と描かれています。一方で戊午日誌「東部久須利誌」には次のように記されていました。

また並びて
    トイコイ
此処チエトイ多く有て、其を鹿が掘て喰て一すじの川に成り居るが故に、此名有りとかや。
松浦武四郎・著 秋葉実・解読「戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 上」北海道出版企画センター p.452 より引用)
「チエトイ」は chi-e-toy で「我ら・食べる・土」とされますが、もちろん「土うめえ!土うめえ!」と言ってパクパク食べるわけではなく、一例としてはアザラシの肉で鍋料理を作る際に、強烈な灰汁を中和するための「調味料」として使われたとのこと。

鹿が何のために「チエトイ」を食んでいたのかは不明ですが、エゾシカが良く線路に近づくのは鉄分補給のため……という巷説を聞いたことがあります。鹿も何らかのミネラルを求めていた可能性があるかもしれません。

「沼の奥」?

永田地名解には次のように記されていました。

Tō etoko   トー エトコ   沼ノ前
永田方正北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.345 より引用)
これは「東部久須利誌」の「トイコイ」ではなく、「東西蝦夷山川地理取調図」の「トイトコ」を正であると考えたのでしょうか。to-etok であれば「沼・奥」であり、「沼の前」とは言い難いという問題がありますが……。

「土の波」?

「北海道地名誌」には次のように記されていました。

 トイコイ川 サマッカリヌプリから流れ屈斜路湖に入る小川。アイヌ語の土波川の意。
(NHK 北海道本部・編「北海道地名誌」北海教育評論社 p.685 より引用)
これはもの凄い直球で来ましたね。toy は「畑」や「土」という意味で、koy は「波」です。じゃあ toy-koy は「土・波」だよね……ということなんでしょうけど……。

どの説もどこかおかしい?

鎌田正信さんは「道東地方のアイヌ語地名」において、これらの解について検討を加えていました。

弟子屈町史は「トイ(土) コイ(波)雨が降ると泥水が流れ出て湖に泥波がたつからいう」と書き、三者三様である。
(鎌田正信「道東地方のアイヌ語地名【国有林とその周辺】」私家版 p.331 より引用)
あっ、なるほどそういうことですか……。この川は他と比べて雨による土壌の運搬量が多く、湖に泥の波を形成していた……と言うのですね。

松浦久須利誌の食土説は、語尾のコイと説明がどうも結びつかない。
(鎌田正信「道東地方のアイヌ語地名【国有林とその周辺】」私家版 p.331 より引用)
鎌田さんは「コイ」は kor(持つ)だったのではないか……とも考えたようですが、確かに「コイ」と「コル」の音の違いは無視できませんし、類例も記憶にありません。

永田説の「沼の前」あるいは「沼の先または奥」にしても、そのような位置ではない。屈斜路湖の沼の奥は藻琴山の下で、沼の前(先)は湖の東にある大きな入江である(トーエトクウシペ、トーパオマプ参照)。
(鎌田正信「道東地方のアイヌ語地名【国有林とその周辺】」私家版 p.331 より引用)
そうなんですよね。「トーエトクウシペ」は「藻琴山」のことで、「トーパオマプ」は川湯温泉の少し北を流れています。トイコイ川を to-etok と呼ぶのは、ちょっと的外れな感じがしますね。

流れの早いこの川は町史の土波説が、一応うなずける解説なのである。
(鎌田正信「道東地方のアイヌ語地名【国有林とその周辺】」私家版 p.331 より引用)
うーん、そう来ましたか。どことなく消去法なのが気になりますし、また地理院地図で屈斜路湖内の等高線を見てみると、トイコイ川の河口付近の等高線は割と稠密になっていて、大量の土砂が流れ込んだ形跡は見当たりません。

「トイトコ」と「トイコイ」

改めて地形図を眺めてみると、この「トイコイ川」は「サマッカリヌプリ」の東に伸びる支峰の北側を流れていることに気づきます。ちょっと縦長の「箕」の中を流れているようにも見えますね。

また「東西蝦夷──」には「トイトコ」と描かれていて、明治時代の地形図にも「トイトコ」と描かれていたのですが、陸軍図では「トイコエ川」と描かれていました。「トイコイ」と「トイトコ」のどちらかが勘違いによるものだと考えるのが自然かもしれませんが、「トイコイ」と「トイトコ」が隣合わせで共存していた……と考えることはできないでしょうか。

「トイトコ」については鎌田さんの指摘がある意味致命的なのですが、to-etok ではなく tu-etok だと考えるとどうでしょうか。この tu が「サマッカリヌプリ」の東に伸びる支峰だとすれば、トイコイ川と屈斜路プリンスホテルの間の山のことをそう呼んだと考えても不思議はありません。

「トイトコ」が tu-etok だとすると、「トイコイ川」の「トイ」が toy- というのはあまりに不自然なので、やはり tu- であると考えたいところです。tu- を中心に考えると「トイコイ川」は「北隣の川」ということになるのですが、tu-e-kot-i で「支峰・そこに・くっついている・もの(川)」と考えられるのではないかと……。

ウランコシ川

o-ranko-us-i
河口・カツラの木・多くある・もの(川)
(典拠あり、類型あり)
道道 588 号「屈斜路津別線」の北を流れて、屈斜路プリンスホテルのちょい北で屈斜路湖に注ぐ川です。1980 年代の土地利用図には「ウランコシ」という地名が描かれていました。またホテルの南西には「宇蘭越」という名前の四等三角点がありますが、この三角点はむしろ南隣を流れる「コトニヌプリ川」のほうが近いかもしれません。

更科源蔵さんの「アイヌ語地名解」には次のように記されていました。

 ウランコシ
 屈斜路湖畔の農地。ウランコシ川の名で桂の木の多い川の意。
(更科源蔵「更科源蔵アイヌ関係著作集〈6〉アイヌ語地名解」みやま書房 p.256 より引用)
随分とあっさり片付けられてしまいましたので、鎌田正信さんの「道東地方のアイヌ語地名」にフォローをお願いしましょうか。

オランコウシ
ウランコシ(地理院図)
ウランコシ川(営林署図)
 津別町に山越えする道道の北側から湖に流入している。永田地名解は「オランコ・ウシ O-ranko-usi 桂ある川尻」と記した。オ・ランコ・ウㇱ・イ(o-ranko-us-i 川口に・カツラ(幹)・多くある・所(川)」の意である。
(鎌田正信「道東地方のアイヌ語地名【国有林とその周辺】」私家版 p.330 より引用)※ 原文ママ
o-ranko-us-i で「河口・カツラの木・多くある・もの(川)」ということですね。o- を取れば「蘭越」ということになります。

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