(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
地図をクリックしたら地理院地図に飛べたりします。
アトサヌプリ
(典拠あり、類型あり)
JR 釧網本線の川湯温泉駅の西南西、マクワンチサップの東南東に位置する山の名前です。地名としては漢字で「戊午日誌「東部久須利誌」には次のように記されていました。興味深い内容なので前後を含めて引用します。
セヽキベツ
此辺のうしろにチシヤフノホリと云山有。其また山のうしろにサワンチシャフ、また其前にマツカンチシヤフ等三ツ並び、第一の上に
アトサシリ
といへる高山有。其高山マシウの西の方につヾく。山皆岩山にして草も木もなく皆硫黄山也。其山のもえさし沢より流れ来る川なるが故に、常に湯の如く涌立有るが故に此セヽキヘツの名有りと思わる。水至て酸し。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読「戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 上」北海道出版企画センター p.449 より引用)
文脈からは「アトサシリ」が現在の「アトサヌプリ」のことで、「セセキベツ」は「湯川」のことだと考えられます。永田地名解には次のように記されていました。
Atusa nupuri アト゚サ ヌプリ 裸山 一名硫黄山atusa-nupuri で「裸である・山」ということになりますね。
知里さんの「地名アイヌ語小辞典」には次のように記されていました。
atusa [複 atus-pa] アと゜サ 《完》裸デアル(ニナル)。──山について云えば木も草もなく赤く地肌の荒れている状態を云う。[<at-tus-sak<ar-rus-sak(全く・衣を・欠く)]
(知里真志保「地名アイヌ語小辞典」北海道出版企画センター p.10 より引用)
アトサヌプリを上空から見ると、この山の周辺だけ緑が異様に少ないことに気づきます。この緑の少なさは火山活動によるものですが、緑が少ないことを指して「裸の山」と呼んだということのようですね。「──小辞典」には atusa の次に atusa-nupuri が立項されていました。
atusa-nupuri アと゜サヌプリ 【H 北】もと‘裸の山’の義。東北海道・南千島で溶岩や硫黄に蔽われた火山を云う。
(知里真志保「地名アイヌ語小辞典」北海道出版企画センター p.10 より引用)
かなりそのまんまでしたね。atusa-nupuri は「裸である・山で、意味するところは「火山」と考えて良さそうです。湯川(ゆかわ)
(典拠あり、類型あり)
アトサヌプリと川湯温泉駅の間を北に向かって流れて、川湯温泉の中心部を通って屈斜路湖に注ぐ川です。現在名は思いっきり和名っぽいですが、この川は戊午日誌「東部久須利誌」に「セセキベツ」と記録されている川のことだと考えられます。永田地名解にも次のように記されていました。
Sesek pet セセㇰ ペッ 湯川
(永田方正「北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.346 より引用)
いかにもざっくりとした解釈ですね。sesek は「熱い」「熱くなる」「温かい」「沸く」あるいは「なまぬるい」「暑い」などを意味し、厳密には「湯」という意味は無さそうです。sesek-pet を直訳すれば「熱い・川」になるのかもしれませんが、「川が熱い」ことを「湯の川」と言い換えるのは想像の範囲内ですよね。そもそも「温泉」を意味する sesek-i 自体が「熱い・もの(ところ)」ですし……。
更に言ってしまえば、現在の「湯川」という川名が sesek-pet の「和訳」であるかどうかも疑わしいかもしれません。仮に sesek-pet という名前が無かったとしても、ぬるま湯が流れる川のことを「湯川」と呼んでいた可能性も十分ありそうなので。
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
オンシエシッペ川
(? = 典拠あるが疑問点あり、類型あり)
「湯川」の北を「跡佐川」という川が流れているのですが、OpenStreetMap によると「跡佐川」とその北を流れる「アメマス川」の間に「オンシエシッペ川」という川が存在する……ことになっています(地理院地図では川として描かれていません)。興味深いことに、明治時代の地形図を見てみると、現在「アメマス川」と呼ばれる川の南側に「
この地図は完全に手書きのもので、「ポンシチシユシペツ」の「チ」もどことなく「エ」のようにも見えますので、「ポンシチシユシペツ」という読み方にも誤読が含まれている可能性があります。
主たる・中くぼみ?
いつもは chis のことを「鞍部」と表現するのですが、ここは分水嶺では無いので「鞍部」という表現は使えないんですよね。
「アメマス」は tukusis なのですが、si-chis-us(シチシュス?)が tukusis に化けた可能性も……ゼロ、では無いかも?
「主たる中くぼみ」が存在するならば
「サワンチサップ」と「マクワンチサップ」の間の鞍部も chis と認識されていたとなると、「サワンチサップ」と「マクワンチサップ」の名前も chis 絡みと考えるのが自然……ということになります(!)。改めて検討してみたのですが、sa-wa-an-chis-sapa だとすれば「手前・に・ある・中くぼみ・頭」と解釈できそうな気がするんですよね。
2022/10/01 追記
やはり「ポンシチシユシペツ」という読み方には無理があったような気がします(今頃すいません)。「ポンシエ シユシペツ」だったとすれば、pon-susu-us-pet で「小さな・柳の木・ある・川」と読めそうでしょうか。
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