2022年9月24日土曜日

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北海道のアイヌ語地名 (972) 「アトサヌプリ・湯川・オンシエシッペ川」

 

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
地図をクリックしたら地理院地図に飛べたりします。

アトサヌプリ

atusa-nupuri
裸である・山
(典拠あり、類型あり)
JR 釧網本線の川湯温泉駅の西南西、マクワンチサップの東南東に位置する山の名前です。地名としては漢字で「跡佐登あとさのぼり」と表記されるのですが、現在は何故か川湯温泉の 2~3 km ほど北側の地名という扱いのようです。

戊午日誌「東部久須利誌」には次のように記されていました。興味深い内容なので前後を含めて引用します。

    セヽキベツ
此辺のうしろにチシヤフノホリと云山有。其また山のうしろにサワンチシャフ、また其前にマツカンチシヤフ等三ツ並び、第一の上に
    アトサシリ
といへる高山有。其高山マシウの西の方につヾく。山皆岩山にして草も木もなく皆硫黄山也。其山のもえさし沢より流れ来る川なるが故に、常に湯の如く涌立有るが故に此セヽキヘツの名有りと思わる。水至て酸し。
松浦武四郎・著 秋葉実・解読「戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 上」北海道出版企画センター p.449 より引用)
文脈からは「アトサシリ」が現在の「アトサヌプリ」のことで、「セセキベツ」は「湯川」のことだと考えられます。

永田地名解には次のように記されていました。

Atusa nupuri  アト゚サ ヌプリ  裸山 一名硫黄山
永田方正北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.346 より引用)
atusa-nupuri で「裸である・山」ということになりますね。

知里さんの「地名アイヌ語小辞典」には次のように記されていました。

atusa [複 atus-pa] アと゜サ 《完》裸デアル(ニナル)。──山について云えば木も草もなく赤く地肌の荒れている状態を云う。[<at-tus-sak<ar-rus-sak(全く・衣を・欠く)]
(知里真志保「地名アイヌ語小辞典」北海道出版企画センター p.10 より引用)
アトサヌプリを上空から見ると、この山の周辺だけ緑が異様に少ないことに気づきます。この緑の少なさは火山活動によるものですが、緑が少ないことを指して「裸の山」と呼んだということのようですね。

「──小辞典」には atusa の次に atusa-nupuri が立項されていました。

atusa-nupuri アと゜サヌプリ 【H 北】もと‘裸の山’の義。東北海道・南千島で溶岩や硫黄に蔽われた火山を云う。
(知里真志保「地名アイヌ語小辞典」北海道出版企画センター p.10 より引用)
かなりそのまんまでしたね。atusa-nupuri は「裸である・山で、意味するところは「火山」と考えて良さそうです。

湯川(ゆかわ)

sesek-pet
熱い・川
(典拠あり、類型あり)
アトサヌプリと川湯温泉駅の間を北に向かって流れて、川湯温泉の中心部を通って屈斜路湖に注ぐ川です。現在名は思いっきり和名っぽいですが、この川は戊午日誌「東部久須利誌」に「セセキベツ」と記録されている川のことだと考えられます。

永田地名解にも次のように記されていました。

Sesek pet   セセㇰ ペッ   湯川
(永田方正「北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.346 より引用)
いかにもざっくりとした解釈ですね。sesek は「熱い」「熱くなる」「温かい」「沸く」あるいは「なまぬるい」「暑い」などを意味し、厳密には「湯」という意味は無さそうです。

sesek-pet を直訳すれば「熱い・川」になるのかもしれませんが、「川が熱い」ことを「湯の川」と言い換えるのは想像の範囲内ですよね。そもそも「温泉」を意味する sesek-i 自体が「熱い・もの(ところ)」ですし……。

更に言ってしまえば、現在の「湯川」という川名が sesek-pet の「和訳」であるかどうかも疑わしいかもしれません。仮に sesek-pet という名前が無かったとしても、ぬるま湯が流れる川のことを「湯川」と呼んでいた可能性も十分ありそうなので。
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)

オンシエシッペ川

pon-susu-us-pet?
小さな・柳の木・ある・川
(? = 典拠あるが疑問点あり、類型あり)
「湯川」の北を「跡佐川」という川が流れているのですが、OpenStreetMap によると「跡佐川」とその北を流れる「アメマス川」の間に「オンシエシッペ川」という川が存在する……ことになっています(地理院地図では川として描かれていません)。

興味深いことに、明治時代の地形図を見てみると、現在「アメマス川」と呼ばれる川の南側に「ポンシチシユシペツ」という川が描かれています。

この地図は完全に手書きのもので、「ポンシチシユシペツ」の「チ」もどことなく「エ」のようにも見えますので、「ポンシチシユシペツ」という読み方にも誤読が含まれている可能性があります。

主たる・中くぼみ?

ただ「ポンシチシユシペツ」であれば pon-si-chis-us-pet と読むことができそうで、「小さな・主たる・中くぼみ・ついている・川」と考えることができます。chis は「泣く」以外にも「立岩」「丸い岩山」「中くぼみ」などの意味があり、根室の「落石」は ok-chisうなじ・中くぼみ」だとされます(「落石」は他にもいくつかありますが、同じく ok-chis である可能性が高そうですね)。

「ポンシチシユシペツ」の chis は JR 釧網本線がアメマス川を渡るあたりの地形のことと考えられそうです。このあたりは南北から山が迫っているものの、もっとも狭い場所でも 0.5 km ほどの幅が確保されているので、そこから「主たる・中くぼみ」と呼ぶようになったのでは……と考えています。

いつもは chis のことを「鞍部」と表現するのですが、ここは分水嶺では無いので「鞍部」という表現は使えないんですよね。

pon-si- で「小さな・主たる」という言い方は少々謎ですが、si-chis-us-pet という川が別途存在し、この chis(中くぼみ)を経由して流れていたと考えることで矛盾なく説明できそうです。その川は pon-si-chis-us-pet の近くを流れていて、pon-si-chis-us-pet よりも大きな川ということになるので、現在の「アメマス川」である可能性が高いと思われます。

「アメマス」は tukusis なのですが、si-chis-us(シチシュス?)が tukusis に化けた可能性も……ゼロ、では無いかも?

「主たる中くぼみ」が存在するならば

そして……この解釈にはもっと大きな問題が含まれるのですが、si-chisで「主たる・中くぼみ」があるということは、別に普通の chis も存在している……と考えることができます。川湯温泉駅と美留和駅の間にも実に緩やかな分水嶺があるのですが、ここは「アメマス川」の中くぼみよりも遥かに規模が大きいため chis の候補からは外れそうです。

他に chis(中くぼみ)と呼べそうな場所はと言うと……。やはり「サワンチサップ」と「マクワンチサップ」の間、ですよね。ちょうど良いことに「アメマス川」の中くぼみよりも少し小ぶりで、どちらも川湯温泉からそれほど離れていません。

「サワンチサップ」と「マクワンチサップ」の間の鞍部も chis と認識されていたとなると、「サワンチサップ」と「マクワンチサップ」の名前も chis 絡みと考えるのが自然……ということになります(!)。改めて検討してみたのですが、sa-wa-an-chis-sapa だとすれば「手前・に・ある・中くぼみ・頭」と解釈できそうな気がするんですよね。

2022/10/01 追記
やはり「ポンシチシユシペツ」という読み方には無理があったような気がします(今頃すいません)。「ポンシシユシペツ」だったとすれば、pon-susu-us-pet で「小さな・柳の木・ある・川」と読めそうでしょうか。

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