2022年5月29日日曜日

北海道のアイヌ語地名 (939) 「スッポチ川・イチャンケシオマナイ川・イチャンパオマナイ川」

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
地図をクリックしたら地理院地図に飛べたりします。

スッポチ川

tuppo-ot-i??
ウグイ(のような魚)・群在する・もの(川)
(?? = 典拠あるが疑問点あり、類型未確認)
網走市と小清水町の境界となっている「濤沸湖」の南東端に注ぐ川の名前です。明治時代の地形図には「ツッポチ」あるいは「ツッポケ」と描かれているように見えます。

スッポチ、ツッポケ、トツホシ

「スッポチ川」の西隣には「浦士別川」が流れていて、川が網走市と小清水町の境界となっています。「東西蝦夷山川地理取調図」には浦士別川に相当する川の支流として「トツホシ」という川が描かれているのですが、これも「スッポチ川」のことである可能性がありそうです。

浦士別川に合流する・しないという違いもあり、「スッポチ」と「トツホシ」と考えると違いは大きいですが、「ツッポチ」と「トツホシ」であれば同一視も可能ではないかと……。

この「スッポチ川」ですが、何故か知里さんの「網走郡内アイヌ語地名解」には記述が見当たりません。ただ、意外なことに永田地名解にしっかりと明記されていました。

Toppochi   トㇷ゚ポチ   ウグヒ魚居ル處
永田方正北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.494 より引用)
知里さんは永田地名解に目を通している筈なので、何故漏れたのかは……謎ですね。-ochi-ot-i で「群在する・もの(川)」だと考えられそうなので、topp あるいは toppo が「ウグイ(魚)」ではないかと考えられそうです。

toppo はウグイか?

ところが、知里さんの「動物編」には「ウグイ」を意味する語彙として 15 パターンが記されているのですが、その中には toppo に類するものが見当たりません。「ウグイ」を意味する語の中には supun があり、これは地名としても良く見かけるのですが……。

「動物編」では「ウグイ」の次に「やちうぐい」という項があり、そこには tó-čeppo(トチェッポ)や tó-uttoy(トウットィ)、tóy-supun(トィスプン)などの例が並んでいました。tó-čeppoče が脱落したとすれば「トッポ」に近くなりますが……。

toppo ではなく tuppo?

他の辞書類でも toppo を「ウグイ(魚)」とする記載は見当たらないのですが、またしても「アイヌ語古語辞典」の「『藻汐草』アイヌ語単語集」に次のような記載がありました。

トゥツポ
 ① うぐいの如くにて(※水産物)(ソウヤ方言)
 ②
(平山裕人「アイヌ語古語辞典」明石書店 p.314 より引用)※ 原文ママ
むー……。「藻汐草」の成立年代は 1792 年だそうですから、どう転んでも永田地名解よりも前の世代の文献です。また永田地名解では「トㇷ゚ポチ」としていましたが、どうやら「ト」ではなく「トゥ」(≒ツ)だったようで、「トツホシ」と「ツッポチ」の表記揺れが生じていたこともうまく説明できそうです。

永田地名解のアルファベット表記も考慮すると、「トゥツポ」は tutupo ではなく tuppo ではないかと思われます。「トㇷ゚ポチ」こと「スッポチ川」は tuppo-ot-i で「ウグイ(のような魚)・群在する・もの(川)」と解釈できるかもしれません。

「ト」を「ス」と見間違えた……ということになりそうでしょうか。「ス」が更に「ヌ」に化けていたら nup 関連に誤解される可能性が高まっていたので、まだマシと言えばその通りなのですが……。

ウグイではないとしたら

ただ、一つだけ引っかかるのが「藻汐草」に「ソウヤ方言」とある点です。網走のあたりも宗谷地方と同様に樺太との接点が比較的太そうな印象があるので、共通する語彙がそれなりにあっても不思議では無いですが……。

仮に tuppo(ウグイのような魚)では無いとしたならば、tup-ot-i で「移動する・常である・ところ」と考えられるかもしれません。「スッポチ川」の下流部は濤沸湖の湿原だったと考えられ、「東西蝦夷──」では濤沸湖に注ぐのではなく「浦士別川」の支流として描かれています。流路が気まぐれに移ろっていたとも考えられるため、「いつも移動している川」と呼んだとしても不思議ではないなぁ、と……。

イチャンケシオマナイ川

ichan-kes-oma-nay
鮭鱒の産卵場・しもて・そこにある・川
(典拠あり、類型あり)
浦士別川の東支流で、浦士別川とスッポチ川の間を流れています。「東西蝦夷山川地理取調図」にはそれらしい川が見当たらず、また明治時代の地形図にもこの川名は見当たりません(位置関係からは「ヲン子ナイ」に相当する可能性がありそう)。

ただ、知里さんの「網走郡内アイヌ語地名解」に次のように記されていました。

(424) イチャンケショマナイ(Ichan-kesh-oma-nai)(左枝川) イチャン(鮭の産卵場),ケㇱ(のしも),オマ(にある),ナイ(川)。
(知里真志保「知里真志保著作集 3『網走郡内アイヌ語地名解』」平凡社 p.313 より引用)
ichan-kes-oma-nay で「鮭鱒の産卵場・しもて・そこにある・川」と考えられそうですね。先程の「スッポチ川」も「ウグイのいる川」だった可能性が高そうですし、「浦士別川」自体が「簗のある川」だったっぽいので、漁業資源の豊富な水系だったっぽいですね。

イチャンパオマナイ川

ichan-pa-oma-nay
鮭鱒の産卵場・かみて・そこにある・川
(典拠あり、類型あり)
浦士別川の東支流で、浦士別川とイチャンケシオマナイ川の間を流れています(地理院地図では「イチャンオマナイ川」)。「東西蝦夷山川地理取調図」にはそれらしい川が見当たらず、また明治時代の地形図にもこの川名は見当たりません(位置関係からは「ナイ」に相当する可能性がありそう)。見事にコピペですいません。

ただ、知里さんの「網走郡内アイヌ語地名解」に次のように記されていました。

(426) イチャンパオマナイ(Ichan-pa-oma-nai) イチャン(ホリ),パ(のかみ),オマ(にある),ナイ(川)。
(知里真志保「知里真志保著作集 3『網走郡内アイヌ語地名解』」平凡社 p.313 より引用)
ichan-pa-oma-nay で「鮭鱒の産卵場・かみて・そこにある・川」と考えられそうですね。先程の「スッポチ川」も(以下同文

ちなみに (424) と (426) の間に何があったのか、気になるところですが……

(425) イチャン(Ichan)(川中) イチャン(鮭の産卵場,いわゆるホリ)。
(知里真志保「知里真志保著作集 3『網走郡内アイヌ語地名解』」平凡社 p.313 より引用)
「しもて」と「かみて」の間には「イチャン」本体がありました。これ以上無い予定調和ですね……。

前の記事続きを読む

www.bojan.net
Copyright © 1995- Bojan International


0 件のコメント:

コメントを投稿