2021年12月18日土曜日

北海道のアイヌ語地名 (893) 「久茶運内・本烏遠別・烏遠別」

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
地図をクリックしたら地理院地図に飛べたりします。

久茶運内(くちゃうんない)

kucha-un-nay?
山小屋・ある・川
(? = 典拠あるが疑問点あり、類型あり)
岩見沢市東部(旧・栗沢町)の万字炭山のあたりを流れる「幌向ほろむい川」の西支流に「ポンネベツ川」という川があります。ポンネベツ川を上流部に遡ると、西側に「久茶運内」という名前の標高 632.2 m の三等三角点があります。

音からは kucha-un-nay で「山小屋・ある・川」と解釈できます。-nay とあることから、元は川の名前だったと考えられるのですが、明治時代の地形図を見てみたところ、現在「シコロ沢川」と呼ばれている川の位置に「クチヤフシナイ」あるいは「クチヤウンナイ」と描かれていました。

大正時代に測図された「陸軍図」では、後の国鉄万字線の「美流渡駅」から「美流渡炭坑」まで支線が伸びていることが確認できますが、支線の終点で炭坑のあるあたりが「シコロ澤」となっていて、その手前に「クッチャンナイ」という地名がそれぞれ描かれていました(川名については記載なし)。

「クチャウンナイ」あるいは「クッチャンナイ」は川の名前から地名にクラスチェンジした後、ほどなく失われたと考えられます。ただ幸いなことに、今でも三等三角点の名前として健在である、ということのようです。

「クチャウンナイ」はおそらく「山小屋・ある・川」で間違いないと思われますが、他の解釈が全く成り立たないというわけでも無いので、念のため「?」をひとつ残しておこうと思います。

本烏遠別(ほんうえんべつ)

pon-wen-pet
子である・悪い・川
(典拠あり、類型多数)
「美流渡」と西隣の「朝日」の中間あたりで幌向川に合流する「美流渡第一の沢川」という川があるのですが、この川を源流部に向かって遡ると、栗山町との境界となっている尾根に到達します。尾根上に標高 442.6 m の二等三角点がありますが、この三角点の名前が「本烏遠別」です。

「本烏遠別」の三角点から栗山町側に出ると「中の沢川」の流域です。この「中の沢川」を下ると「雨煙別川」に合流することになります。

一方で、「本烏遠別」の三角点から 0.5 km ほど南東に尾根を縦走してから南に向かうと「ポンウエンベツ川」の流域に出ます。三角点の名前はこの「ポンウエンベツ川」に由来する……と言うことになりそうですが、南東に縦走した先の川の名前が三角点の名前になっているというのがどうにも引っかかります。

改めて明治時代の地形図を見てみたところ、当時は現在の「ポンウエンベツ川」の位置に「ウエンペツ」と描かれていて、現在の「雨煙別川」の位置に「ポンウェンペッ」と描かれていました。実に「なぁんだ」というオチですが、どうやらどこかのタイミングで川の名前が取り違えられてしまっていたのですね。

三角点名「本烏遠別」は pon-wen-pet で「子である・悪い・川」と考えられますが、実体は現在の「雨煙別川」のことだ、となりそうです。

烏遠別(うえんべつ)

wen-pet
悪い・川
(典拠あり、類型多数)
岩見沢市の三角点の一覧には「本烏遠別」のほかに「烏遠別」もあったので、近くを探してみたものの見当たりませんでした。それもその筈で、同じく栗山町との境界上ではありますが、栗山町の市街地のほぼ北に位置する「シャトレーゼカントリークラブ札幌」の駐車場の脇に存在するとのこと。

この三角点も、「本烏遠別」と同じく二等三角点です。

意味するところは wen-pet で「悪い・川」と考えるしか無いのですが、問題はこの wen-pet がどこにあったのか、というところです(地名の解釈を考える上で、位置の特定が絶対に必要なのか?と聞かれると、判断が難しいのですが)。

普通に考えれば東麓の「雨煙別」に由来すると思いたくなりますが、雨煙別川のすぐ近くに「雨煙別」という四等三角点が別途存在するため、「烏遠別」が「雨煙別」に由来すると考えるのはちょっと難しそうに思えます(なお前述の通り、この「雨煙別川」は、元々は「ポンウェンペッ」でした)。

wen-pet は川の名前ですが二等三角点「烏遠別」は尾根の頂点に存在します。これまでの例から類推すると、「烏遠別」は頂上にもっとも近そうな川の名前だと考えるのが自然です。

地形図を見た限りでは、三角点の西を流れる「栗丘川」がかつての「烏遠別」だったのかな……と思えてきます。ただ明治時代の地形図を見てみると、現在の「栗丘川」の位置に「クッタラ川」と描かれていました。「東西蝦夷山川地理取調図」にも「クツタル」という川が描かれていて、その支流は「イコマナイ」と描かれているので、どちらにしても「烏遠別」では無さそうに見えます。

三角点から鞍部を 0.3 km ほど南西の向かった先には「葉散別川」の水源があります。この川が「烏遠別」だった可能性も考えてみましたが、「東西蝦夷──」にも「ハチヤシヘ」とあり、「烏遠別」だったと考えるのは難しそうです。

見事にどの仮説も粉砕されてしまったので、「烏遠別」はやはり東麓の「雨煙別」(ウエンヘツ)に由来すると考えるしか無さそうですね……。
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)

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