(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
地図をクリックしたら地理院地図に飛べたりします。
安牛(やすうし)
(典拠あり、類型あり)
天塩川東部の地名で、JR 宗谷線の南幌延と雄信内の間に同名の駅がありました(残念ながら 2021/3/13 付で廃止されてしまいましたが)。廃止されてしまった「安牛駅」は、「上幌延駅」と同じく 1925 年に天塩南線(JR 宗谷線の前身)が幌延まで延伸した際に設置された、歴史ある駅でした。「安牛駅」と「上幌延駅」の間には「南幌延駅」が健在ですが、この駅は 1959 年に開業した、比較的歴史の新しいものです。
閑話休題、「北海道駅名の起源」を見ておきましょうか。
安 牛(やすうし)
所在地 (天塩国)天塩郡幌延町
開 駅 大正 14 年 7 月 20 日
起 源 アイヌ語の「ヤシ・ウシ」(綱を引く所)の転かしたもので、天塩川の綱引き場であったためである。
(「北海道駅名の起源(昭和48年版)」日本国有鉄道北海道総局 p.180-181 より引用)※ 原文ママ
一瞬「えっ」と固まってしまいましたが、「アイヌ語地名資料集成」に収録された昭和 29 年版の「──駅名の起源」には、次のように記されていました。安牛駅(やすうし)
所在地 天塩国天塩郡幌延村
開 駅 大正十四年七月二十日
起 源 アイヌ語「ヤシ・ウシ」(網を引く所)の転訛で、天塩川の網引場であったためである。
(「北海道駅名の起源(昭和 29 年版)」草風館『アイヌ語地名資料集成』p.322 より引用)
昭和 48 年版では「「安牛」の意味するところは yas-us-i で「網を引く・いつもする・ところ」と見て良いかと思われます。「東西蝦夷山川地理取調図」にも「ヤスシ」という川が描かれているほか、陸軍図には「天鹽線」の安牛駅も描かれていますが、「ヤスウシ」という地名は安牛駅と雄信内駅の中間あたりに描かれていました。本来は駅よりも南東側の地名だったようです。
パンケオーカンラオマップ川
(?? = 典拠あるが疑問点あり、類型未確認)
JR 宗谷線の「
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
明治時代の地形図では少々妙なことになっていまして、「パンケオーカンラオマップ川」の位置に「パンケクオナイ」という川が存在していたことになっています。一方で「東西蝦夷山川地理取調図」では「クヲナイ」という川の手前(河口側)に「ヘンケヌカンランマ」と「ハンケヌカンランマ」という川が描かれています。位置関係を考えると「ハンケヌカンランマ」が現在の「パンケオーカンラオマップ川」だと考えられます。「天之穂日誌」では
丁巳日誌「天之穂日誌」には次のように記されていました。並び
ヤ ス シ
左り小川。少し平磯有。網をむかし張し処と云。同じく卯辰に向、
バンケヲノカンランマ
ヘンケヲノカンランマ
等二ツ共左りの方小川。桃花魚多し。此辺よりして又川瀬少し早く相成候哉に覚ゆ。
クヲナイ
右の方相応の川なり。川口卯・辰・巳の方に向かう。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読「丁巳東西蝦夷山川地理取調日誌 上」北海道出版企画センター p.485 より引用)
前後関係を把握するためにも少し長めに引用しました。「ヤスシ」は安牛のことで、「クヲナイ」は現在「酒井の沢川」と呼ばれる川のことと思われますが、「右の方相応の川なり」というのは「雄信内川」のことを指していると考えられます。「ヲヌフナイ」の項に「左り小川有」とあるため、両者を取り違えたものと考えられそうです。「天之穂日誌」では「ヲヌフナイ」(雄信内川)の支流の情報を「トイカンヘツ」(問寒別川)の支流の情報と取り違えるという大ミスがありますが、この「クヲナイ=右の方相応の川」もその影に隠れた「小ミス」と言えそうです。
表記割れの実態
この「パンケオーカンラオマップ川」と「ペンケオーカンラオマップ川」ですが、「東西蝦夷──」と「天之穂日誌」のほかに、そのネタ元とも言える「辰手控」と「巳手控」にも記録が残されていました。ただ、あまりに統一感が無いので(汗)、久しぶりに表にしてみました。現在の川名 | パンケオーカンラオマップ川 | ペンケオーカンラオマップ川 |
---|---|---|
東西蝦夷山川地理取調図 | ハンケヌカンランマ | ヘンケヌカンランマ |
天之穂日誌 | バンケヲノカンランマ | ヘンケヲノカンランマ |
辰手控 | ヌカンライヌ | ヲノカンラマ |
巳手控 | ヘンケヲノカンラフ | ハンケヲノカンラフ |
「巳手控」では「パンケ──」と「ペンケ──」が逆になっていますが、これも「うっかりミス」の類だと思われます。
「パンケオーカンラオマップ川」だけでも見事に表記が割れていますが、「ヌカンランマ」あるいは「ヲノカンランマ」が本来の名前だったと考えられそうでしょうか。
「辰手控」では「パンケ」と「ペンケ」が無くそれぞれが別の名前のように記録されていますが、他の記録は全て「パンケ」と「ペンケ」のコンビネーションであるとしているので、「辰手控」の「別名説」は一旦捨てておこうと思います。
弟??
ということで「ヌカンランマ」あるいは「ヲノカンランマ」とは何かという話ですが、nokan が「細かい」だと仮定しても「ランマ」の意味が良くわかりません。さてどうしたものか……と思って手持ちの資料を漁ってみたところ、知里さんの「分類アイヌ語辞典 人間編」に面白い記述が見つかりました。
( 9 ) nokan-ram(-u)〔no-kán-ram ノかンラㇺ〕《ソオヤ》弟。[nokan(小さい)+ram(子?)]。
(知里真志保「知里真志保著作集 別巻 II『分類アイヌ語辞典 人間編』」平凡社 p.504 より引用)
「地名に『弟』は無かろう」と思われるかもしれませんが、山に男女があるくらいですから川に兄弟があっても不思議ではありません。ram は「低い」という意味以外にも「心」を意味する名詞でもあるようで、知里さんが「弟」としたのは「小さな心」というニュアンスを具現化した、と言ったところでしょうか。ということで、「川に兄弟があっても不思議では無い」と言ってみたものの、「じゃあ『パンケ』と『ペンケ』が並んでいるのは何故?」と言われると「さぁ」と言うしか無く……。
原野の端!?
nokan-ram に「弟」という意味があると知って小躍りしたものの、やはり地名(川名)と考えるには無理があるなぁ……と思っていたところで、中川先生の「アイヌ語千歳辞典」に次のような記述を見かけました。カンラㇻ,-ル kanrar, -u 【位名】(ゴザなど)の端《韻》。
(中川裕「アイヌ語千歳方言辞典」草風館 p.153 より引用)
あっ、これは……。これだと「ヌカンランマ」は nup-kanrar-oma で「原野・端・そこにある」と解釈できますね。また知里さんの「小辞典」によると rar で「ふち」を意味するとのことなので、nupka(-n)-rar-oma でも「原野・ふち・そこにある」と読めるかもしれません。いずれにせよ rar が ran に化けてくれないと「ヌカンランマ」とは読みづらいのですが、r の後ろに n が来れば rar が ran に化けそうなので、あるいは nup-kanran-nay と呼ばれていた……とかでしょうか。
現在の「パンケオーカンラオマップ川」という川名は「ヲノカンランマ」の「ヲノ」を「ヲー」と誤読した可能性が考えられるかと思われます。panke-o-nup-kanrar-oma-p とすれば「川下側・河口・原野・端・そこにある・もの(川)」となります。
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