2021年10月17日日曜日

北海道のアイヌ語地名 (876) 「オトンルイ・下沼・オンネベツ川」

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
地図をクリックしたら地理院地図に飛べたりします。

オトンルイ

o-to-un-ru-i?
河口・沼・入る・道・ところ
(? = 典拠あるが疑問点あり、類型あり)
幌延町の海沿いの地名で、一列に並ぶ風力発電所で有名なところです。「東西蝦夷山川地理取調図」には「ヲトンルエ」と描かれていて、「竹四郎廻浦日記」では「ヲトンルイ」と記録されています。興味深いのは「再航蝦夷日誌」の記録で、「大田 本名ヲトシルイと云也」とあります。大田、だったんですね……。

永田地名解には次のように記されていました。

Otonrui  オトンルイ
永田方正北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.411 より引用)
永田地名解と言えば伝家の宝刀「?」で名高いですが、今回は伝家の宝刀を抜く隙すら無かったという感じでしょうか。

更科さんの「アイヌ語地名解」には、次のように記されていました。

このサロベツ川と海岸の間を下サロベツオトンルイという字名でよんでいたらしいが、オトンルイはサロベツ川筋ではなくて、昔駅逓のあった海岸の地名で、永田方正氏も疑問符をつけているが川もない砂浜である。
(更科源蔵「更科源蔵アイヌ関係著作集〈6〉アイヌ語地名解」みやま書房 p.178 より引用)
疑問符すら見当たらなかった気もしないでも無いですが……(汗)。

川尻に湖のある道のところなどとも解されるが不明である。
(更科源蔵「更科源蔵アイヌ関係著作集〈6〉アイヌ語地名解」みやま書房 p.178 より引用)
ふむふむ。o-to-un-ru-i で「川尻・湖・ある・道・ところ」と考えたのでしょうか。

「ル」はやはり「道」か

改めて「東西蝦夷山川地理取調図」を眺めてみると、「ワツカシヤクナイ」(稚咲内)の南に「ルチシ」「ヘンケル」「ハンケル」「ヲトンルエ」など、「ル」が多いことに気付かされます。

「ルチシ」は {ru-chis} で「」と見て良いかと思われます。海側に駅逓があったことから、海沿いには交通路が存在していたと考えられますので、海沿いからサロベツ原野に向かうルートが存在したと考えても良いかと思います。このように考えると、「ヘンケル」と「ハンケル」は penke-rupanke-ru で、それぞれ「川上側の道」「川下側の道」と読めそうです。

「海沿いなのに『川上』も『川下』も無かろう」と思われるかもしれませんが、ちょうど具合の良いことにサロベツ原野側に「ペンケ沼」と「パンケ沼」が並んでいます。penke-rupanke-ru は、それぞれ「ペンケ沼への道」「パンケ沼への道」に類するものと考えて良さそうに思えます。

「オトン」は何処に

同じ理屈で「オトンルイ」を考えてみると、o-to-un はサロベツ原野側の地名(川名)だった可能性が出てきます。o-to-un-nay あるいは o-to-un-pet で「河口・沼・入る・川」という川があり、そこに向かう道があった……と仮定すれば、o-to-un-ru の出来上がり……ということになりますね。

ただ、それらしい川名が確認できないので、もっと素直に o-to-un-ru を「そこで・沼・入る・道」と考えても良いのかもしれません。

「イ」はどこから?

最後に残ったのが「オトンルイ」の「イ」ですが、ru-e-ran-i で「坂のふもと」を意味する慣用表現?があり、元々は {o-to-un}-{ru-e-ran-i} で「オトン入口」あたりの意味だった可能性もあるかもな……と考え始めています。

結果的に更科さんの解を追認したようになってしまいましたが、やはり o-to-un-ru-i で「河口・沼・入る・道・ところ」と考えるしかないのかな……という印象です。

下沼(しもぬま)

panke-to
川下側・沼
(典拠あり、類型あり)
幌延町西部、パンケ沼のあたりの地名で、同名の駅もあります。出オチ感が凄いですが(汗)、まずは「北海道駅名の起源」を見てみましょう。

  下 沼(しもぬま)
所在地 (天塩国) 天塩郡幌延町
開 駅 大正 15 年 9 月 25 日
起 源 アイヌ語の「パンケ・ト」(下の沼)を意訳したものである。
(「北海道駅名の起源(昭和48年版)」日本国有鉄道北海道総局 p.181 より引用)
解っていたけどやめられないとは、まさにこのことで……。サロベツ原野には「ペンケ沼」と「パンケ沼」があり、ペンケ沼は豊富町と幌延町の境界線上に、パンケ沼は全域が幌延町内にあります。panke-to で「川下側・沼」を意味しますが、そのまま和訳して「下沼」になった、という話でした。

オンネベツ川

onne-pet
年老いた・川
(典拠あり、類型あり)
サロベツ川の東支流で、パンケ沼の東側を流れています。同名の川が豊富町にもあり、河川改修により現在は別々の川となっていますが、本来は同一の川でした。

山田秀三さんの「北海道の地名」には次のように記されていました。

オンネ・ペッであるが,オンネ(年老いたる,主要な,大きい)の意味はここでもよく分からない。その辺の小流の中の中心的な川であるぐらいの意味だったろうか。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.139 より引用)
そうですね。onne は「年老いた」という意味で、転じて「大きい」「主要な」あるいは「親である」とも解釈されます。この「オンネベツ」はサロベツ原野の東側を南北に貫いていて、サロベツ川に次ぐ長い川なので、「サロベツ一家の長老」ということで onne と呼ばれた……と言ったあたりでしょうか。

湿原の中の川であれば、流路が時とともに移り変わるケースも比較的多そうな印象があります。そんな川が多い中、湿原の東側で(多少の変動はあったにせよ)ずっと立ち位置をキープしていたという所から「ベテランの川」だったりしたら面白いなぁ……などとも。

ということで、とりあえず onne-pet で「年老いた・川」と見て間違いないかと思われます。

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