(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
地図をクリックしたら地理院地図に飛べたりします。
エタンパック山
(?? = 典拠あるが疑問点あり、類型未確認)
猿払村と天塩郡豊富町・稚内市の 3 市町村の境界には標高 313.3 m の山が聳えていますが、エタンパック山はそこから 1 km ほど東側に聳える標高 313 m の山で、山全体が猿払村に属しています。エタンパック山の標高は小数点以下が丸められているように見えるので、標高の差は cm 単位になりそうですね。明治時代の地形図には「エタンパク」という名前の、標高 321 m の山が描かれていました。当時の測量技術を考えると、誤差が 10 m 以内というのは凄いですね。
「溺れ山」説
永田地名解には次のように記されていました。Etanpakuhu エタンパクフ 溺レ山 洪水ノ時水ニ溺レタル山永田さん、偶に良くわからないことを言い出す印象があるのですが……(それ先週も言ってた)。「アイヌ語方言辞典」には旭川で記録された用例として ’etánpo ’etánpo kí kor ’an で「あっぷあっぷしている」とあるので、「溺れ山」は「あっぷあっぷした山」と言ったところだったのかもしれません。溺れている人は両手を上げているイメージがあるのですが、ほぼ同じ標高の山が 1 km ほど離れて並んでいるのを両手に見立てたとか……?
更科源蔵さんの「アイヌ語地名解」は、この解について次のように記していました。
エタンパック山
稚内・豊富境の三〇〇メートルの小山。永田地名解には「溺レ山、洪水ノ時水ニ溺レタル山」とあるが肯きがたい。
(更科源蔵「更科源蔵アイヌ関係著作集〈6〉アイヌ語地名解」みやま書房 p.192 より引用)
ですよねー。ちょっと謎なのが「稚内・豊富境」という表現なんですが、更科さんは「猿払村」の項でこの表現を使っているので、稚内・豊富・猿払の 3 市町村の境界に「エタンパック山」が存在する、と認識していたように見えます。現在の地理院地図では、エタンパック山は 3 市町村の境界から 1 km ほど東南東に入った位置の山として描かれています。ただ 1980 年代の土地利用図では、3 市町村の境界そのものを「エタンパック山」としているので、果たしてどちらが正解なのか……。
「山頂が刀の柄頭」説
「エタンパック」をどう解釈したものか……という話ですが、現在「雄冬岬」と呼ばれるところが、かつて「タㇺパケ」と呼ばれていたことを思い出しました。「タㇺパケ」は tam-pake で「刀・頭」と読めるため、「刀の「エタンパック」が e-{tam-pake} だとすると、「頭(水源)・{刀・頭}」ということになる……のでしょうか。現在「エタンパック山」とされる山の形はちょっと独特なものがあって、それを「山頂が刀の柄頭のよう」と形容した……ということなんでしょうか。
「こちら岸を支配する(持つ)山」説
アイヌは小さな川の支流に至るまで細かく名前をつけていたと言われますが、一方で山の名前については(川と比べると)無頓着だったと見受けられます。そのため、山の名前も近くを流れる川の名前に由来するケースがあり、注意が必要です。この「エタンパック山」についても川名に由来する可能性も考えないといけないのですが、「東西蝦夷山川地理取調図」には「エタンハコノホリ」という名前の山として描かれています。どうやら「近くを流れる川に由来」という可能性は無さそうな感じですね。
「溺れ山」説や「刀の柄頭」説は今ひとつ納得がいかなかったので、他の可能性も探っていたのですが、知里さんの「──小辞典」に次のような語が掲載されていることに気が付きました。
e-tampa-un エたㇺパウン ①《完》 こちら岸にある。②《副》 こちら岸へ。[e(頭が),tampa(<tan-pa この岸)un(にある)]
(知里真志保「地名アイヌ語小辞典」北海道出版企画センター p.28 より引用)
松浦武四郎が残した記録を見ると「エタンハコノホリ」あるいは「エタンバコノホリ」となっていて、「山」を意味する nupuri を除くと「エタンハコ」あるいは「エタンバコ」となります。と言うことで e-{tan-pa}-kor で「頭(山頂)・{こちら岸}・支配する」と考えられないでしょうか。「エタンパック山」が猿払村と豊富町・稚内市の境界となっている分水嶺から、大きく猿払村側に飛び出ていることを「こちら岸を支配する(持つ)山」と呼んだのではないか、という想像です。
余談「恵丹白」
最後に全くの余談ですが、エタンパック山の近くの林道は「恵丹白林道」と言うのだそうです。エタンパックに「恵丹白」という字を充てたようですが、なかなか傑作ですよね。www.bojan.net
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