2021年8月14日土曜日

北海道のアイヌ語地名 (857) 「エサヌカ・カムイト沼」

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
地図をクリックしたら地理院地図に飛べたりします。

エサヌカ

e-san-(h)upkar
そこから・浜へ降りる・トドマツ林
(典拠あり、類型あり)
猿払村南東部の川の名前ですが、同名の村道「エサヌカ線」が全国的に有名でしょうか。とにかく直線が続くこの道路は、一部の愛好家に知られていたものが、いつの間にか一大観光資源になった感があります。

明治時代の地形図を見ると、「エサヌカ川」に相当するところに「チプクシュナイ」と描かれています。北海道のアイヌ語地名 (855) 「智福・筑紫川」でも記したとおり、エサヌカ川と筑紫川は同一の湿原が事実上の水源だったようで、浜頓別と猿払の間を結ぶ「天然の運河」として機能していた可能性がありそうです。

この「エサヌカ」はどうやら海岸部の地名だったようで、明治時代の地形図には「エサヌプオラ」という地名が描かれています。これは「東西蝦夷山川地理取調図」で「イシヤヌフカル」と描かれている地名と同一であると考えられそうです。

「イシヤヌフカル」は、「再航蝦夷日誌」では「イシヤヌフカ」とあり、また「竹四郎廻浦日記」でも「イシヤヌフカ」でした。永田地名解には次のように記されていました。

Esanupkara  エサヌㇷ゚カラ  椴松ノ山ヨリ下リテ生ヘタル處
永田方正北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.434 より引用)
永田さん、偶に良くわからないことを言い出す印象があるのですが、ところが知里さんの「──小辞典」に驚きの記述がありました。

hupkar, -i ふㇷ゚カㇽ トド松の林。 Esanupkar[<e-san-~浜辺にあるトドマツ林](地名解 434)。
(知里真志保「地名アイヌ語小辞典」北海道出版企画センター p.33 より引用)
どうやら hupkar で「トドマツ林」を意味するようで、「エサヌカ」は e-san-(h)upkar で「そこから・浜へ降りる・トドマツ林」と読めそうです。

エサヌカ線の左右は一面の平原で、林なんかあったかな……と思うのですが、1970 年代の航空写真を見ると、モケウニ沼の東に薄っすらと林らしきものが見える……ような気もします。

この「エサヌカ」、「辰手控」には「エサヌカリ」という記録もあったのですが、これだと e-san-(h)upkar-i で「そこから・浜へ降りる・トドマツ林・所」と読めそうです。

カムイト沼

kamuy-to
神・沼
(典拠あり、類型あり)
国鉄天北線(廃止済み)の浅茅野あさじの駅と猿払駅の間あたりにある沼の名前です(もっとも近いところでも 200 m ほど離れていて間に丘もあるので、列車から見えたかどうかは微妙ですが……)。

この「カムイト沼」、kamuy-to で「神・沼」だと思われるのですが、なぜか古い記録には見当たりません。その理由のヒントになりそうな情報が「北海道地名誌」に記されていました。

 カムイト沼 浅茅野と猿払の中間にある原始林に囲まれた沼。「カムイト」(神沼)は近代の命名で,中西沼が本当の名という。
(NHK 北海道本部・編「北海道地名誌」北海教育評論社 p.404 より引用)
どうやら、この「カムイト沼」という呼び方は明治以降に成立したものだったようです。そりゃあ古い記録に出てこないわけですね……。

「カムイト沼」の流出河川は、(国土数値情報によると)「宗谷濁川」というちょっと変わった名前の川のようです。単なる「濁川」だと他所の「濁川」と紛らわしいので、区別するために支庁名を冠したということでしょうか。

「宗谷濁川」は河川改修の結果、猿払川に直進する形で合流するようになっていますが、猿払川の西側に「旧濁川」という川も現存しています。この「旧濁川」が「チライカルシュナイ」という名前だったようで、「東西蝦夷山川地理取調図」にも「チライカルシナイ」として描かれていました。

「チライカルシナイ」は chiray-kar-us-nay で「イトウ・取る・いつもする・川」だと考えられます。イトウは生息数が減少の一途をたどっていますが、その理由として「河川の直線化」や「氾濫原の乾燥化」などが挙げられていて、「チライカルシナイ」の「宗谷濁川」への改修は典型的な例のひとつだったようです。

なぜ「チライカルシナイ」の沼が「神の沼」になったのかは、実際の所よくわかりませんが、このあたりはちょくちょく熊の目撃報告もあるので、案外熊が泳いでいたとか、その辺だったりして……(汗)。

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