2021年6月26日土曜日

北海道のアイヌ語地名 (843) 「問牧」

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
地図をクリックしたら地理院地図に飛べたりします。

問牧(といまき)

tuyma(-k)-i??
遠い(・強勢)・もの
(?? = 典拠あるが疑問点あり、類型未確認)
枝幸町北部の地名で、同名の川も流れています。「東西蝦夷山川地理取調図」には「トイマキ」という名前の川が描かれていました。「再航蝦夷日誌」には「トヱマキ」とあり、また「竹四郎廻浦日記」には「トイマキ」と記されています。概ね「トイマキ」だったと見て良さそうでしょうか。

永田地名解には次のように記されていました。

Toimaki  トイマキ  ? 川名、鮭上ル川ナリ
永田方正北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.438 より引用)
「鮭が上る」という有益な情報も記されていますが、肝心の地名解については「?」だったようです。

「畑の後ろ」説

更科源蔵さんの「アイヌ語地名解」には次のように記されていました。

奥行はそれほど深くないが、支流が多く、その中にトレプタトイマキ(うばゆりを掘るトタイマキ)などという支流もあり、キトタウシュナイ(行者蒜をとる沢)などと共に、植物性食糧を集める川筋であったことが知れる。
(更科源蔵「更科源蔵アイヌ関係著作集〈6〉アイヌ語地名解」みやま書房 p.197 より引用)※ 原文ママ
このような背景から、更科さんは次のように考えたようです。

トイは土とか畑とかいう言葉であり、マキはマㇰでうしろとか山手という意味があるが、この地名には川の名であるというのにナイ(川)もペツ(川)もついていないものが多いので畑のうしろの川の意味らしい。
(更科源蔵「更科源蔵アイヌ関係著作集〈6〉アイヌ語地名解」みやま書房 p.197 より引用)
ということで、toy-mak で「畑・後ろ」と考えたようです。toy は「土」であり、また chi-e-toy の省略形として「食用土」と解釈する場合もありますが、他にも「畑」や「原」あるいは「墓」などに解釈できます。

「崩れた出崎」説

うっかりしていましたが、問牧には国鉄興浜北線の駅がありました。ということで「北海道駅名の起源」を見てみると……

  問 牧(といまき)
所在地 (北見国)枝幸郡枝幸町
開 駅 昭和 11 年 7 月 10 日
休 止 昭和 19 年 11 月 1 日
再 開 昭和 20 年 12 月 5 日
起 源 アイヌ語の「ツ゚イ・パケ」(くずれた出崎)から出たものである。
(「北海道駅名の起源(昭和48年版)」日本国有鉄道北海道総局 p.191 より引用)
あらっ、解釈が分かれましたね。tuy-pake で「崩れた・出崎」というのはいかにも地名らしい解釈で首肯できるものですが、ただ古い記録での裏付けが取れないんですよね(かつて「トゥイパケ」と呼ばれていたことを示唆する記録が見当たらない)。

「遠いもの」説

toy-mak で「畑・後ろ」か、あるいは tuy-pake で「崩れた・出崎」なのか……という話ですが、個人的にはどちらも引っかかるものを感じます。さてどうしたものか……と思ったのですが、「午手控」に次のような記録を見つけました。

トイマキ
 昔し喰物無き時山へ行、土を喰し也と。トイマウシの本名なるが訛りし也
松浦武四郎・著 秋葉実・翻刻・編「松浦武四郎選集 六」北海道出版企画センター p.405 より引用)
「土を食べる」というのは随分と衝撃的ですが、知里さんによると……「樺太アイヌの生活」の文章が秀逸なので、そのまま引用してしまいましょう。

チエトィは či-e-toj「我等が・食べる・土」の意である。チカリペに必ずチエトィを用ひるのは,野草のアクを抜き,海豹の強烈な油を適当に中和するのに役立つかららしい。アイヌは,チエトィの入ったチカリペは「甘い」といひ,「チカリペ程,美味しい御馳走はない」といふ。
(知里真志保「知里真志保著作集 3『樺太アイヌの生活』」平凡社 p.193 より引用)
要は「調味料」として珪藻土を用いていた、ということのようです。松浦武四郎の書きっぷりとは随分と趣が異なるのは、誤解があったのか、アイヌが話を盛ったのか、あるいは本当に土を食べていたのか不明ですが……。

閑話休題、「午手控」には「本名はトイマウシ」だと記されています。tuyma は「遠い」という意味なので、tuyma-us-i は「遠い・そこにある・もの」と考えられそうでしょうか。

tuyma-us で受けるのは若干おかしな感じもするのですが、やがて -us が省略されて tuyma-i となり、ただこれだと法則的に -i が落ちてしまうので、そうならないように強勢の -k が挿入されて tuyma(-k)-i で「遠い(・強勢)・もの」と呼ばれるようになった、と考えられるかもしれません。

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