(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
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江卸(えおろし)
(典拠あり、類型あり)
忠別川の中流部に「忠別ダム」によって形成された「忠別ダム」がありますが、その北側に「江卸山」という標高 672 m の山が聳えています。また、忠別ダムの南側の道道 213 号「天人峡美瑛線」には「エオルシトンネル」という名前のトンネルもあるほか、忠別湖の東側には「江卸発電所」もあります。丁巳日誌「再篙石狩日誌」には、「聞き書き」である(実際には足を運ばず、聞いただけ)としながら次のように記されていました。
扨此上の方の事はイソテクとシリコツ子能く存し候由に附、其大略を志るし置に、
ヌマウシベツカ
右の方は相応の山有、此山のうしろはへヽツ川すじの由。
ヱヲロシ
無名の小川
ノカナン
ヘウキナイ
フヨマナイ
等何れも左りの方、キトウシの辰巳の方に山つヾきになる也。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読「丁巳東西蝦夷山川地理取調日誌 上」北海道出版企画センター p.280-281 より引用)
「辰巳」は「巽」ですから「東南」ということになりますね。松浦武四郎の記録は概ね正しい地理認識を示しているように見えますが、唯一の例外が「ヌマウシベツカ」でしょうか。「東西蝦夷──」にも「ヌヌウフシウツカ」という名前で描かれているのですが、この川が現在の「志比内川」に化けたように思われます。このような異同こそあれ、記録は概ね的確であるように見えますね。本題に戻って「江卸」ですが、永田地名解には次のように記されていました。
Eorushi エオルシ 川崎この「エオルシ」ですが、実は知里さんの「──小辞典」にも次のように記されています。
eorusi エおルシ 【テシオ】山が岩崖になって水中に入りこんでいる所;水中から屹立する断崖。
(知里真志保「地名アイヌ語小辞典」北海道出版企画センター p.26 より引用)
また、eorusi のパーツを細かく分解した語源解も記されていました。[e(頭が)or(水)us(についている)-i(者); 水中に頭をつっこんでいる者]
(知里真志保「地名アイヌ語小辞典」北海道出版企画センター p.26 より引用)
or が「水」というのは少々難解な感じがしますが、これは wor のことかと思われます。同じく「──小辞典」には次のように説明がありました。wor うぉㇽ 水。──クシロ,キタミの方言では hor と云い,日本語の「ウルむ」「ウルおう」「ウルかす」などのウルとも関係があるらしく,それと同様に合成語の要素として現れるだけである。 wor-un-chironnup 〔うぉルンチロンヌㇷ゚〕[水・にいる・獲物]カワウソ。
(知里真志保「地名アイヌ語小辞典」北海道出版企画センター p.143-144 より引用)
またしても軽く道を逸れてしまったので話を元に戻しますと、「江卸山」は e-wor-us-i で「頭・水・つけている・もの(山)」ということになりそうですが、大正時代の地形図を見た限りでは「江卸山」が「川沿いの断崖」という雰囲気は感じられません。ただ、明治時代の地形図を見てみると、「エオルシ」とあるあたりの忠別川は無数の細流に別れていて、中には江卸山のすぐ近くを流れているものもありました。「江卸山」を「頭(支峰)を水につけているもの(山)」と呼んだとしても不思議は無さそうです。
チョボチナイ
(典拠あり、類型あり)
前回の記事(北海道のアイヌ語地名 (803) 「ポン川・志比内」)にも概略……というか、ほぼ全てを書いてしまったような気もしますが、東川町の地名ということで改めて立項しておきます。「忠別湖」の北側に「江卸発電所」という水力発電所があり、その前を道道 1116 号「富良野上川線」という道路が通っています。道道 1116 号は江卸発電所の西側の交叉点で北に向きを変えて峠に向かうことになるのですが、北に向かい始めたあたりのところに「チョボチナイゲート」という交通遮断機が設置されています。
道道 1116 号が北に向かうあたりは谷間になっていて、そこを流れる川は「カムイチュㇷ゚オツナイ」と呼ばれていたようです。知里さんの「上川郡アイヌ語地名解」には次のように記されていました。
カムイチェプオツナイ(Kamuichep-ot-nai「鮭・乱入する・谷川」) 左,枝川。
(知里真志保「知里真志保著作集 3『上川郡アイヌ語地名解』」平凡社 p.329 より引用)
「乱入する」という解がちょっと珍しく思えますが、kamuychep-ot-nay で「鮭・群来する・川」と考えて良さそうですね。kamuychep が chep に略されて chep-ot-nay となり、少し訛って「チョボチナイ」になったと考えられそうです。ノカナン沢川
(? = 典拠あるが疑問点あり、類型あり)
江卸発電所の東側、忠別湖の東端あたりに注ぐ北支流の名前です。「チョボチナイ」こと「カムイチェプオッナイ」よりは大きな川ですが、東隣の「ピウケナイ川」と比べるとやや規模の小さい川と言えるかと思います。「ノカナン」という川名も道内のあちこちで見られますが、解釈にブレがあったり、今ひとつ良くわからない川名……という印象が拭えません。「東西蝦夷山川地理取調図」にも「ノカナン」という名前ではっきりと描かれているのですが……。
永田地名解には次のように記されていました。
Nokan’an, = Nokanu an ノカナン 鳥ノ卵ヲ置ク處 小野ナリ
(永田方正「北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.51 より引用)
確かに nok は「(鳥の)たまご」との意味があり、また anu も「……を置く」と解釈できるようです。しかし nok-anu-an で「鳥の卵を置くところ」と解釈できるかと言われると……かなり怪しそうな気がします。知里さんの「上川郡アイヌ語地名解」には次のように記されていました。
ノカナン(Nokanan) 「ノカン・ナイ」(Nokan-nai「小さい・沢」)の転訛か。左,枝川。
(知里真志保「知里真志保著作集 3『上川郡アイヌ語地名解』」平凡社 p.329 より引用)
すこぶる穏当な解が出てきたような感じがします。知里さんは nokan-nay を「小さい・沢」としていますが、「細かい・沢」と解釈したほうがより良いのではないかと思っています。「ノカナン沢川」には細かい支流が比較的多いように見受けられるので、そのことを形容したネーミングではないかと思われるのですが……。2021/2/7 追記
あるいはもしかしたら、not-ka(-an)-nay で「岬・かみ(・にある)・川」あたりかもしれません。「ノカナン沢川」と「ピウケナイ川」の間に、良い形の「岬」(尾根)があるように見えるので……。
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