本格的な「険道」区間に入った感じでしょうか。ところどころにすれ違い用に整備された区間もありますが……
うわっ、これは……。明らかに路肩、というか路盤そのものが崩壊しています。ただ、乗用車が通れるだけの幅は確保されているので、ゆっくりと通り抜けてください……と言っているように見えますね。
安定の出石寺推し
そんな県道 28 号ですが、「出石寺推し」は健在のようです。ここから「出石寺」まではあと 5.1 km とのこと。不思議なことに、2014 年 1 月に撮影された Google ストリートビューと比べると、「出石寺」の看板の位置と数が異なっています。増えているのはわかるとして、位置が変わったのは……県道標識の柱に案内板をつけていたことに指導が入った、というオチでしょうか。
県道 28 号に入って 2 台めの対向車です。いやー、これまた絶妙な場所で落ち合った感じがします。場所によってはどちらかがバックしないとすれ違いできなかった可能性もあったと思われるので……。
米軍飛行艇遭難慰霊碑
県道 28 号は鬱蒼とした森の中を縫うように走っていましたが、ここに来て右側が開けてきました。そして左側には何やら石碑のようなものが……。よく見るとアメリカ合衆国の国旗もはためいています。
実はこのあたりで、濃霧の中、米軍の飛行艇が墜落した事故があったとのこと。そういえば太平洋戦争末期に「紫電改」が配備された部隊が松山を拠点にしていたらしいので、その関連か……と思ったのですが、飛行艇が墜落したのは 1952 年 8 月とのこと。太平洋戦争は既に終わっていて、当時は朝鮮戦争の真っ只中でした。
このスポットは、Google マップでは「米軍飛行艇遭難慰霊碑」と登録されているようです。そう言えば途中でそれらしき案内を見かけた記憶もあるのですが、ここだったのですね……。
1 km 続くセンターライン
慰霊碑の前の県道はセンターラインがありませんが、ヘアピンカーブを抜けた先は片側 1 車線で路肩も気持ち広くなっています。慰霊碑前には駐車場はありませんが、この幅であれば路駐もできてしまいそうですね。そしてそう言えば、外気温がいつの間にか +3.0 ℃ まで下がっていました。松山市内では +8.0 ℃ ほどあったんですけどね。
引き続き県道 28 号で八幡浜に向かいます。不思議なことに、慰霊碑の前を過ぎてからずっとセンターラインのある道路が続いているのですが……
あ、ここに来てついに。でもまぁセンターラインのある区間が 1 km も続いたんですから、これは上出来ですよね。
郷峠
前方左側に道路が見えてきました。またヘアピンカーブで登って行くのかと思ったのですが……どうやら噂の「出石寺」に向かう道路だったみたいです。県道 28 号はすぐ先の「郷峠」を越えて、そこからは八幡浜市に入ります。
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