(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
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イルムケップ山
(??? = 典拠なし、類型未確認)
赤平市北部、芦別市との境界上に聳える標高 864.3 m の山の名前です。沖里河山(標高 802 m)や音江山(標高 795.4 m)と近く、トライアングルを形成しているようにも見えます。明治時代の地形図には「イルムケップ」の文字は無く、音江山と思しき位置に標高 825 m の「シルツルヌプリ」という名前が描かれていました。
「北海道地名誌」の「沖里河山」の項には次のように記されていました。
沖里河山 (おきりかやま) 802.1 メートル オキリカップ川の水源にあるというが,実際は音江川の水源にあり,最初の 5 万分図にはイルムケップ山とある。
(NHK 北海道本部・編「北海道地名誌」北海教育評論社 p.244 より引用)
現在は「イルムケップ山」「沖里河山」「音江山」の 3 つの山として認識されていますが、沖里河山と音江山の位置関係が「オキリカップ川」と「音江川」の位置関係とは逆だったりしますし、色々と混乱があったであろうことを伺わせます。鼠は山を噛ったか
本題に入りますが、更科さんの「アイヌ語地名解」には次のように記されていました。イルムケップ山
芦別市と赤平市との境にある山、意味は鼠の噛るものであるという説もあるが、意味不明であるといった方がよいようである。
(更科源蔵「更科源蔵アイヌ関係著作集〈6〉アイヌ語地名解」みやま書房 p.119 より引用)
ermu-ke-p で「ネズミ・かじる・もの」と考えたのですね。いくらなんでもそれは無いのでは……と思いたくなりますが、その辺は更科さんも承知していて、結局の所は「意味不明」で締めています。ただ、いいヒントを頂いたような気がします。ermu(ネズミ)と en-rum(岬)を混同するのはアイヌ語地名のお約束のひとつで、ここもその例ではないかと考えてみました。ermu ではなく en-rum ({岬})で、ke-p ではなく kip(前頭)と考えると、イルムケップ山の特徴にも合致すると思われるのです。
{en-rum}-kip で「{岬}・前頭」ではないか……という説ですが、音江山の東、沖里河山の南(イルムケップ山の北)に標高 804 m の峰があり、そこから南東に伸びる峰があります。面白いことに、イルムケップ山はその峰の上にあるのではなく、そこから更に南側に飛び出た位置にあります。このことを形容して「岬の前頭」と呼んだのではないか……という推測です。
ペンケキプシュナイ川
(?? = 典拠あるが疑問点あり、類型未確認)
赤平市茂尻のあたりで空知川に注ぐ北支流の名前です。ペンケキプシュナイ川自身の支流として「右ペンケキプシュナイ川」があります。「東西蝦夷山川地理取調図」には「ヘンケチフシナイ」「ハンケチフシナイ」という川が描かれていました。また丁巳日誌「再篙石狩日誌」には次のように記されていました。
しばし過て
ハンゲゲフシナイ
ヘンゲケフシナイ
等左りの方。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読「丁巳東西蝦夷山川地理取調日誌 上」北海道出版企画センター p.369 より引用)
「チフシナイ」が「ゲフシナイ」に進化(?)したようですが、続いて永田地名解も見ておきましょうか。Panke poro nai パンケ ポロ ナイ 下ノ大川うーむ。川名は現在とほぼ同じ形になりましたが、その解釈は随分とテキトーと言いますか……。ちなみに「パンケ キㇷ゚ ウㇱュ ナイ」は現在の「赤間沢川」のことなのですが、「パンケ幌内川」と全く同じ解になっちゃってます。知里さんが激おこになるのもなんとなく理解できますね……。
Penke kip ush nai ペンケ キㇷ゚ ウㇱュ ナイ 上ノ大川
Panke kip ush nai パンケ キㇷ゚ ウㇱュ ナイ 下ノ大川
改めて、「ペンケキプシュナイ」の意味をもう少しだけ丁寧に考えてみましょう。penke-kip-us-nay となろうかと思われるので、要は kip が何かを理解すれば良さそうです。……あ(!)
何のことはない、ペンケキプシュナイ川を遡った先に、巨大な kip があるではありませんか。kip は「前頭」のことで、ペンケキプシュナイ川の場合は「イルムケップ山」のことと考えることができます。penke-kip-us-nay は「川上側の・前頭に・ついている・川」で、イルムケップ山から流れ出る川、と考えられそうです。
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