2020年6月21日日曜日

北海道のアイヌ語地名 (739) 「ソウスケ川」

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
地図をクリックしたら地理院地図に飛べたりします。

ソウスケ川

sotki
寝床

(典拠あり、類型あり)
倶知安の市街地を南に向かい、尻別川を渡った先のあたりを流れている川の名前です。ごくごく短い小流ですが、昔は「好漁場」としてかなり名の知れた存在だったようです。たとえば「西蝦夷日誌」にも次のように記されています。

爰(ここ)に宿しシリベツ〔尻別〕なるソウヅケの事を惣乙名(セベンケ)に問に、從是凡三日路道なくして甚難澁のよし。
松浦武四郎・著、吉田常吉・編「新版 蝦夷日誌(下)」時事通信社 p.106 より引用)
そして、実際に岩内から余市経由で石狩に向かった際の記録を「曽宇津計日誌」と命名し、わざわざ共和町小沢から倶知安まで足を伸ばしています(逆方向なので余計な行程です)。松浦武四郎は「ソウヅケ」という好漁場の話をアイヌから聞きながらも、「尻別川を遡るのは(急流のため)無理だ」と言われていたようで、余計に興味を唆られた、ということかもしれません。

幻の名漁場の話

山田秀三さんの「北海道の地名」には次のように紹介されていました。ちょっと長くて恐縮ですが、引用してみます。

ソウスケ川──西蝦夷日誌の足跡をたどって──
 尻別川上流にソウヅケという鮭の名漁場があるという話はあるが,松浦武四郎が尻別川口に来て聞いても,どこのことだか要領を得ない。当時中流にプイラ(puira 激流)があって舟が上れない。従って上流は幻の世界だった。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.466 より引用)
この「幻の世界」を実見すべく、松浦武四郎は実際に舟で遡上を試みますが……

西蝦夷日誌は丸木舟二隻をもって溯行したが,話の通りにプイラから上れずに失敗し,岩内に行って,それが岩内アイヌの漁場であること,そこへの道が外部に秘せられていることを知った。彼は岩内アイヌが渋るのを説得して案内を頼み,難路を山越えして尻別川上流に出て遂にソウヅケを見ることができた。その行路がこの日誌の磯谷領,岩内領の処に長文で書かれている。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.466 より引用)
松浦武四郎は最終的に尻別川を舟で下っているのですが、その際の記録「報志利辺津日誌」がなかなかのもので、通常は川の名前が記されているところが「岩石多き処」「滝 川」「第一番ブイラ」「第二番ブイラ」と言った感じになってしまっています。

ちなみに「第二番ブイラ」から先は「第四十三番ブイラ」までひたすら数字が増えていくだけという有様で……。この激湍のおかげで、尻別川下流域のアイヌは「ソウヅケ」という漁場を確保できなかった、ということのようです。

鮭の好む清冽な水

山田さんは実際に「ソウスケ川」を訪れて、この小さな川がなぜ「名漁場」であり得たのか、その内情をヒアリングしていました。

 橋を渡って初めて横切ったのがソウスケ川である。これが昔のソウヅケに違いない。小川であるがそれを300メートルぐらい上って旧家の小林家の老人を訪れて聞いた。まずこの川の水は実に澄んでいて冷たい。倶知安はやち水で一帯に水が悪いが,ここから水道を引いたのでよい水が使えるようになったとのこと,正に鮭の漁場の第一条件がある川であった。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.466 より引用)
へぇー、本当かなぁ……と思ったのですが、倶知安町の Web サイトには次のような文章がありました。

遠い昔沼湖からなる湿地帯であったといわれる本町の地下は、泥炭と重粘土層から成り、その水は鉄分と有機物を含有する赤く濁った水であったため、ろ過、浄水装置によりかろうじて飲用とすることができる状態でした。その「赤水」に苦しみ続けた先人は幾度となく水道布設をこころみましたが、凶作や戦争によりことごとく挫折を繰り替えしたのでした。
(倶知安町 Web サイト 倶知安の水道(概要) より引用)※ 原文ママ

なお、現在も倶知安町の上水道の約 65 % が「高砂水源地」から取水されているとのこと。鮭が好む清冽な水は、もちろん人にとっても価値のある水だったんですね。

ソウヅケ・ソッキ・ソウスケ

この「幻の名漁場」は「ソウスケ川」という名前で残った……ということになりますが、明治時代の地形図をみると「ソツキ」と描かれていました。永田地名解にも次のように記載がありました。

Sotki  ソッキ  床 鮭床ノ義
永田方正北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.181 より引用)
なるほど。確かに sotki は「寝床」と解釈することもできます。念のため知里さんの「──小辞典」を見ておきましょうか。

sotki そッキ ねどこ;神々の住む所;山中ではクマなど多くいる地帯;沖ではカジキマグロなど多くいる地帯。[<hotke-i(寝る・所)]
(知里真志保「地名アイヌ語小辞典」北海道出版企画センター p.126 より引用)
この「ソッキ」が「ソウヅケ」と訛り、永田方正が標準的な表記に改めたものの、古くから地元で馴染みのあった「ソウヅケ」に近い形に戻ってしまった、ということなのでしょうね。

親爺川

父の日らしいので……というのは完全に後づけの理屈ですが、ニセコアンヌプリの東、ニセコグラン・ヒラフスキー場の麓に「山田温泉」という名前の温泉があり、その北隣に「親爺川」という川があります。

この川名がアイヌ語に由来するかは全く以て不明ですが、もしアイヌ語由来なのであれば o-ya-us-i あたりかもしれないなぁ、と思っています。

o-ya-us-i は「河口・網・ある・もの(川)」と解釈するのが一般的かと思います。好漁場ソウヅケの話もあり、またこの川は山田温泉の北側の谷が源流となっていることから、温泉分の少ない清冽な水が流れていた可能性もあるかもしれません。

あるいは、もしかしたら……ですが、o-ya-us-i を「そこで・陸に・つく・ところ」で「上陸場」と読むこともできたり……しないでしょうか。深川の「チヤオヤウシナイ川」で思ったことの繰り返しなんですが、「親爺川」も同じようなことが言えるのでは無いかなぁ……と。
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)

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