2020年5月23日土曜日

北海道のアイヌ語地名 (730) 「モヘル川」

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
地図をクリックしたら地理院地図に飛べたりします。

モヘル川

moyre(-tomari)-pet
静かな(・泊地)・川

(典拠あり、類型あり)
泊村の中心部を流れる川で、泊村の中では「盃川」「玉川」と並ぶ規模の川です。ただ、それだけの規模の川にしては「東西蝦夷山川地理取調図」ではお隣の「玉川」と混同されているように見受けられます(まぁ、ちょくちょくある話ではありますが)。

「西蝦夷日誌」の記録から、地名が記されたものを順に拾ってみます。

     アルト(濱)
     シヲモイ岬(サキ)
     アフシユチシケシユマ(大岩)
     ヲシユフシユマ(大岩)
     ウラシカウシナイ(濱)
     ニトマリ〔泊〕(本名モエトマリ、人家)
     エノコワシリ(人家)
     テレケ(サキ)
     テレケウシ泊(人家)
     シユチエ泊

「アルト」は臼別のあたりと見られます(詳細は後ほど)。そして「ニトマリ」が「糸泊」で「テレケ」あるいは「テレケウシ泊」が「照岸」と考えられます。

一方で、「東西蝦夷山川地理取調図」の記録を順を追って見てみると、次のようになります。

     ウスヘツ
     アルト
     ムイヌトマリ
     シヲモエ
     モエトマリ
     カフト
     サカツキ

このあたりでは「東西蝦夷山川地理取調図」よりも「西蝦夷日誌」のほうが記録の粒度が細かいのですが、注目すべきは「ムイヌトマリ」と「モエトマリ」がそれぞれ別に記録されているところです。

「竹四郎廻浦日記」も見ておきましょう。

     ウスベツ
     ア ル ト
     ムイレトマリ
     ウラシカウシナイ
     ニトマリ 本名モヱトマリと云也。並てモヱトマリヘツと云川有。
     エノコワシリ 大雑所
     テレケウシ 大岩
     テレケウシトマリ 小沢有。

「竹四郎廻浦日記」の記録は「東西蝦夷山川地理取調図」に近い感じでしょうか。

ここで二つほど疑問点が出てきますが、一つは「何故『西蝦夷日誌』には『ムイレトマリ』が記録されていないのか」で、もうひとつは「竹四郎廻浦日記の『モヱトマリヘツ』は現在の『モヘル川』なのか」です。

何故「西蝦夷日誌」に「ムイレトマリ」が無いのか

「何故『西蝦夷日誌』には『ムイレトマリ』が記録されていないのか」については「単に書き忘れたんじゃない?」と考えるのが自然なのですが、引っかかるのが「ニトマリ」の「本名」が「モエトマリ」であり、それとは別に「ムイレトマリ」が存在するという記録が存在する点です。

「モエトマリ」の正確な解釈は不明ですが、moy-tomari で「波静かな海・泊地」なのではないかと感じさせます。「ムイレトマリ」は moyre-tomari で「静かである・泊地」となりそうなので、意味が完全に重なりそうなのですね。

「東西蝦夷山川地理取調図」では「ムイヌトマリ」ですが、知里さんmoyremoy-ne から来ているのではないかと指摘していて、つまり moy-ne-tomari で「波静かな海・のようである・泊地」となる可能性も出てきます。

「モヱトマリヘツ」は「モヘル川」なのか

結論に急ぐ前に、もう一つの疑問である「竹四郎廻浦日記の『モヱトマリヘツ』は現在の『モヘル川』なのか」について考えてみます。「竹四郎廻浦日記」には「ムイレトマリ」と「ニトマリ(モヱトマリ)」の両方が記録されていますが、「ニトマリ(モヱトマリ)」に「モヱトマリヘツ」という川が存在する、としています。

仮に「ニトマリ(モヱトマリ)」が「ムイレトマリ」と異なる場所(現在の「糸泊」あたり)を示しているのであれば、少なくとも「ムイレトマリ」に川の記録が無いのは妙な気がします。

「ムイレトマリ」と「モエトマリ」

こうやって検討してみると、実は「西蝦夷日誌」の記述の通りで、「ムイレトマリ」と「モエトマリ」は同一の地名だったのではと思えてきます。従って「モヱトマリヘツ」は「モヘル川」であり、moyre(-tomari)-pet で「静かな(・泊地)・川」と考えられそうです。

最後に山田秀三さんの「北海道の地名」を見ておきましょう。

 泊村は共和町の北,神恵内村の南の地域で,泊の市街はその南端の海岸にあり,茅沼の臼別から有戸岬を回って行った入江の処である。モヘル川(泊川)が流れている。
 この入江の名は,アイヌ時代はモイレ・トマリで,永田地名解は「モイレ・トマリ。緩潮の泊」と書いたが,moire-tomar(静かな・泊地)と訳したい。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.475 より引用)
やはり、そう解釈することになりますよね。

 モヘル川(泊市街を流れている)の意味は分からない。ここの名のモイレが訛ったのでもあろうか。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.475 より引用)
「モヘル」を moheru と発音するから妙に思えるだけで、moeru と発音すれば「モイレ」と大きく違わないことになります。旧仮名遣いのトラップですね。

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