(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
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ヘルカ石
(典拠あり、類型多数)
神恵内村の中心部から国道 229 号で南に向かうと松浦武四郎の歌碑がある……らしいのですが、そのあたりの住所が「ヘルカ石」です。「東西蝦夷山川地理取調図」に描かれている地名?を右から(南から)並べてみると「ホロシユマイ」「トラセ」「ヘロカルシ」「フルウ」となっています。「フルウ」は「古宇川」のことですから、「ヘロカルシ」が現在の「ヘルカ石」と見て間違いないでしょう。heroki-kar-us-i で「ニシン・獲る・いつもする・ところ」と読めます。
少し気になるのが、「竹四郎廻浦日記」には次のようにある点です。
又岩壁の下を行て、
イナヲシュマ
ヘロカロウシ 平磯伝也。
トラセ
此処一は岬・此岬の上に上るやフルウ運上屋よく見ゆる也。下りて二八小屋五六軒有。岩石伝ひ弐三丁にて、
フルウ川
川巾弐十間斗、仮橋を架たり。小石川、急流。鮭少し有。鱒・鯇・桃花魚・雑喉多し。
(松浦武四郎・著 高倉新一郎・解読「竹四郎廻浦日記 上」北海道出版企画センター p.374 より引用)
「トラセ」と「ヘロカロウシ」の順序が逆になっています。実は「西蝦夷日誌」も同様で……イナヲシユマ(大岩)、ホロシユマイ、(幷びて)ヘロカロウシ(平磯)、トラセ(小岬)等、皆出稼多く、如何なる處も漁場ならざるなく、
(松浦武四郎・著、吉田常吉・編「新版 蝦夷日誌(下)」時事通信社 p.120 より引用)
さてどう考えたものでしょうか。大正時代の陸軍図を見ると、竜神岬一帯の地名として「トラセ」だけが記されているので、トラセのほうが大地名としての扱いで、そもそも「ヘルカ石」と「トラセ」の位置関係を云々することは意味が無いのかもしれませんが……。トラセ
(典拠あり、類型あり)
「トラセ」は現在も住所として使用されていて、竜神岬の一帯を指すようです。国道 229 号をベースに考えた場合は、「ヘルカ石」と「ホロシマ」の間を指すように見られます(疑義もありますが)。前述の通り、「ヘロカロウシ」との順序関係に若干の異同があるものの、「東西蝦夷山川地理取調図」や「西蝦夷日誌」、「竹四郎廻浦日記」のいずれも「トラセ」と記録しています。意味についても永田地名解に以下のように記されていました。
Torashi トラシ 登 處 此邊ヨリ「オンネ」ヘ行クニモ古宇ヘ行クニモ岩上ヲ登リ行クヲ以テ名クやはり、素直に turasi で「それに沿ってのぼる」と考えて良さそうです(もしかしたら turasi-i とかになるのかもしれませんが)。そして「古宇に行くにもオンネ(尾根内大橋のあたり)に行くにも岩を登る」ということから、これはやはり竜神岬か、岬に続く尾根のことを指していると見て良さそうですね。
ホロシマ
(? = 典拠あるが疑問点あり、類型あり)
竜神岬の南東側の住所です。近くのバス停の名前は「トラセ」のようですから、やはり「トラセ」のほうが大地名的な扱いなのでしょうか。「東西蝦夷山川地理取調図」には「ホロシユマイ」と言う地名が描かれています。また「竹四郎廻浦日記」には「ホロシユマイ」が無い代わりに「イナヲシユマ」と記されています。一方で「西蝦夷日誌」には「イナヲシユマ(大岩)、ホロシユマイ、」と両者が併記されています。
永田地名解にも次のように記されていました。
Poro shuma nai ポロ シュマ ナイ 大岩ノ澤
(永田方正「北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.109 より引用)
「ホロシユマイ」の「イ」を「ナイ」から来たものではないか、と考えたようですね。ただ、「ナイ」が一般的な「谷川」だと考えると、この解は少し苦しいかもしれません。代わりに出てくるのが更に苦しい解なのですが、poro-suma-o-i で「大きな・岩・多くある・ところ」あたりだったのでは無いでしょうか(-o は自明であるとして省略されたのかもしれません)。祈石(いのりいし)
(典拠あり、類型あり)
神恵内村南部の国道 229 号は、村境の「茂岩トンネル」以外を全て廃止して海側に架橋するという大胆なルート変更が行われたところです。北から「尾根内大橋」「魚谷大橋」「弁財澗大橋」「祈石大橋」「神泊大橋」が並んでいますが、そのうち「尾根内」と「祈石」がアイヌ語由来のように思われます(「神泊」は何に由来するか不明)。「東西蝦夷山川地理取調図」には「祈石」に相当する地名を見つけられませんでしたが、「西蝦夷日誌」には「イヌルウシ(人家)」という記載が見つかりました。また「竹四郎廻浦日記」にも「イヌルウシ」とあり、「再航蝦夷日誌」には「イヌルウ」と記録されていました。
永田地名解には次のように記されていました。
Inun ushi イヌン ウシ 漁獵ノ假小屋アル處
(永田方正「北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.109 より引用)
「イヌル」の「ル」をどう解釈したものか……と思っていたのですが、さすが永田先生、あっさりと捨ててきましたね(汗)。「イヌンウシ」が「イヌヌウシ」あたりになって、そこから「イヌルウシ」に変化した、とかでしょうか……?山田秀三さんの「北海道の地名」には次のように記されていました。
この地名はイヌンウシ,また連声してイヌヌシであったが n→r の転訛で今の名になった。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.476 より引用)
転訛のメカニズムが若干不明ですが、やはりそう考えるしか無さそうな感じですね。inun-us-i で「漁のための滞在する・いつもする・ところ」と考えて良さそうな感じです。www.bojan.net
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