2020年4月25日土曜日

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北海道のアイヌ語地名 (722) 「ノット・川白・ヲネナイ」

 

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
地図をクリックしたら地理院地図に飛べたりします。

ノット

not
あご

(典拠あり、類型あり)
神恵内村北西部の地名で、同名の川もあります。「東西蝦夷山川地理取調図」にも「ノツト」と言う地名?が描かれています。また「西蝦夷日誌」にも次のように記されていました。

カモイヘカシ(磯)、ノツト(番や、船澗)岬の義也。雑喉多し。
松浦武四郎・著、吉田常吉・編「新版 蝦夷日誌(上)」時事通信社 p.126 より引用)
あ。あっさりと「岬の義なり」と書かれちゃいましたね。ただ、地形図を見てみると、「ノット川」のあたりには岬が見当たりません。

これはどうしたことか……と思って暫し考えてみたのですが、「オブカル石」や「二ッ石」「川白」などとの位置関係を考えると、「ノット」が移転地名だと考えるのも厳しそうです。

改めて地形図を見直してみると、ノット川の河口のあたりで、北側の山が崖のようにせり出していることに気がつきました。not は「岬」の意味だとされますが、本来は「あご」を意味します。神恵内村の「ノット」の場合は、「岬」というよりも「あご」と表現したほうが、より適切なのではないかなぁと思います。

川白(かわしら)

kapas-sirar
平らな・岩
kapar-us-i
平たい・そうである・もの(岩)

(典拠あり、類型あり)
ノットから国道 229 号の「窓岩トンネル」で南に向かった先の地名です。ちなみに「窓岩」はノットの北、ノットとオブカル石の間の沖合にあるのですが、なぜ随分と南に離れたトンネルの名前に使われているのでしょう?

この「川白」ですが、「東西蝦夷山川地理取調図」にも「カハシラ」と描かれています。明治時代の地形図には「カワヒラ」と描かれたケースもありますが、「川白」という漢字表記で「かわしら」と読む形で定着したようです。

永田地名解には次のように記されていました。

Kapara shirara  カパラ シララ  薄磯
永田方正北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.106 より引用)
そうでしょうね。kapar-sirar で「平らな・岩」という地名がありますが、これが音韻変化して kapas-sirar になるケースがあるようです。折角なので知里さんの「──小辞典」を引用しておきましょうか。

kapas-sirar, -i カぱㇱシラㇽ 海岸の扁盤。海に臨んで俗に千畳敷などと云われるような表面の平らな岩。[<kapar-sirar(平らな・岩)]
(知里真志保「地名アイヌ語小辞典」北海道出版企画センター p.43 より引用)
「かわしら」という音からは、kapar-sirarkapas-sirar と発音されるようになった、と考えられそうですね。

「カハルシ」説

一方で「西蝦夷日誌」には次のようにありました。

カハルシ〔川白〕(番や、蔵、人家)和人カハシラと云。
(松浦武四郎・著、吉田常吉・編「新版 蝦夷日誌(下)」時事通信社 p.126 より引用)
また「竹四郎廻浦日記」にも「カワルシ 岬也。」と記されています。実はこれらは kapas-sirar 説と全く意味で、知里さんの「──小辞典」にも次のように項目があります。

kaparus, -i カぱルㇱ 水中の平岩;海または川のなかにあって,しければ水をかぶり,なぎれば現われる平たい岩。[kapar-us-i(ずうっと平たくなっているもの)?]
(知里真志保「地名アイヌ語小辞典」北海道出版企画センター p.43 より引用)
はい。ということで「カハシラ」説と「カハルシ」説は、ほぼ誤差の範囲と言えそうな感じです。

kapar-sirar に由来する地名は、特に道南を中心にちょくちょく見られる印象があります。「かわしら」と聞いて真っ先に思い出したのが奥尻の「蚊柱」でした。「蚊柱」と比べると「川白」は随分と穏当?な字を当てたものですね。

ヲネナイ

onne-nay
年老いた・川

(典拠あり、類型多数)
川白の南東に位置する地名です。近くに川も流れていますが、川の名前は何故か「オネナイ川」です。更に言えば大正時代に測量された陸軍図では、地名も「イナネオ」(つまり「オネナイ」)と表記されていて、現在なぜ「ヲ──」になっているのか謎だったりします。

「東西蝦夷山川地理取調図」では「ヲン子ナイ」と描かれています。どう見ても onne-nay で「年老いた・川」と考えるしかなさそうなのですが、ところが「永田地名解」には斬新な解釈が記されていました。

Onne nai  オンネ ナイ  音川 アイヌ云音聲アル川ノ義此川瀧トナリテ崖下ニ落ツ故ニ名クト然レトモ「オンネナイ」ハ老川即チ大川ノ意ナレトモ暫ク「アイヌ」ノ説ニ従フ
(永田方正「北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.106 より引用)
山田秀三さんによると、積丹半島の西海岸には「オンネナイ」が多いとのことで、神恵内の中心部から泊村に向かう途中にも「尾根内大橋」という橋があります。この「尾根内」についての項で山田さんは次のように記していました。

たぶん音を「おん」,「ね」という日本語がアイヌに伝わっていて,それで解して永田氏に話したのであろう。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.476 より引用)
ありそうな話ですね。また積丹半島の西海岸に妙に「オンネナイ」が多いという点についても、次のような考えを記されていました。

 積丹半島の西海岸には妙にオンネナイが多く,①神恵内市街の南②赤石・大森の間(これは殆ど忘れられた)③川白の南④沼前の北と並んでいた。全道に散在し,しかもその意味がはっきりしないオンネナイを研究する上での一つの材料となるのではなかろうか。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.480 より引用)
今回の「ヲネナイ」は「③川白の南」に該当します。また「④沼前の北」については既に 2020/4/18 の記事にて紹介済みです。③と④について見た限りでは、河口近くが滝のようになっているのが共通点かな、と思えます。「威厳のある川」のような解釈が成り立ったりしたら面白そうです。

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