2020年3月28日土曜日

北海道のアイヌ語地名 (714) 「厚苫・弁越」

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
地図をクリックしたら地理院地図に飛べたりします。

厚苫(あっとま)

at-oma-i?
群来・そこにある・ところ

(? = 典拠あるが疑わしい、類型多数)
古平町と積丹町の境界に位置する岬の名前で、また、岬の西側の地名でもあります。

「東西蝦夷山川地理取調図」には「アトマイ」という地名が描かれています。一方で「西蝦夷日誌」には「アトイコイ(沙濱)」との記載があり、また「再航蝦夷日誌」には「アトマリ」とあります。「竹四郎廻浦日記」も「アトイコイ」ですが、「コ」の横に(マ)とのルビが振られています。

今回は久しぶりに「角川──」(略──)を見てみましょうか。

地名の由来には,アイヌ語の
アツトマイ(豊かなところの意)による説(北海道地名解),アツトマリ(ニシンが群来する泊の意)による説(小樽港史)などがある。
(「角川日本地名大辞典」編纂委員会・編「角川日本地名大辞典 1 北海道(上巻)」角川書店 p.77 より引用)
at は「オヒョウニレの樹皮」を意味する名詞ですが、別に「群来する」という意味の自動詞でもあります。heroki-at で「ニシンが群来する」という意味になりますので、at-tomari だけでは「ニシン」という意味は(厳密には)含まれません。ただ、このあたりで「群来」と言えば「ニシン」なので、あえて heroki- を冠する必要は無かった、ということでしょう。

「──トマリ」と解釈する流儀は、再航蝦夷日誌の「アトマリ」から来ているのかもしれません。おそらく元々は at-oma-i で「群来・そこにある・ところ」だったのでは無いでしょうか。

厚苫岬はもとシヤコタン・ビクニの場所境にあたり,漁場の関係で境界争いが絶えなかった。
(「角川日本地名大辞典」編纂委員会・編「角川日本地名大辞典 1 北海道(上巻)」角川書店 p.77 より引用)
(汗)。そう言えば岬の西側は「積丹町厚苫」ですが、南東側は「古平町群来町」なんですよね。古平の「群来町」という地名も、実は at-oma-i を和訳したもの……と言えるのかもしれません。

弁越(べんごし)

penke-kus(-nay)??
川上側の・通行する・川

(? = 典拠あるが疑問点あり、類型あり)
美国町の中心部から道道 568 号「船澗美国港線」で、美国川の支流の焼野川沿いを遡ると「川上」という地名があります。川上から見て南東の、美国川の向こう側あたりの地名です。古い地図では「辨腰」と描かれています。

「北海道地名誌」には次のように記されていました。

 弁越(べんごし) 美国川中流地帯。意味不明。
(NHK 北海道本部・編「北海道地名誌」北海教育評論社 p.204 より引用)
さすが我らの更科さんです。ブレませんねぇ

さて、美国川流域については、「竹四郎廻浦日記」に次のように記録されていました。

     ビクニベツ
川巾十間斗。小石川。急流。よつて渡し船を置たり。
 此川源にシヤコタン岳とヒクニ岳、フルヒラ岳の間を切て、凡七八日にしてフルウホロハツタラナイの後に当り居るよし。先を行に字は ヒラバ、左りの方 バンケクシ、ヲキラシナイ、ベンゲクシ、しばし上るに ホロナイ、並びて シユムシリハンヒクニ。
松浦武四郎・著 高倉新一郎・解読「竹四郎廻浦日記 上」北海道出版企画センター p.403 より引用)
「竹四郎廻浦日記」には川の名前として「ヒラバ」「バンケクシ」「ヲキラシナイ」「ベンゲクシ」「ホロナイ」が記録されています。「東西蝦夷山川地理取調図」では「ヒラハナイ」「ハンケウシ」「ヘンケウシ」「ヲキラナイ」「ホロナン」とあり、「ヘンケウシ」と「ヲキラナイ」の位置が逆転しているようです。

「ヲキラナイ」の意味を検討

「ヲキラナイ」は o-kiraw-nay で「そこに・角・川」かなぁ、と思わせます(おそらく元々は o-kiraw(-un)-nay あたりだったのでは無いでしょうか)。となると「弁越」の西を流れる美国川の支流が「ヲキラナイ」だったのではないか……と思えてきます。

この川(名称不明)を遡るとほどなく二手に分かれるのですが、川と川の間の峰がかなり鋭利な形で、これを「角」(つの)と呼んだんじゃないかなぁ……と思っています。

「弁越」は「ベンゲクシ」か「ヘンケウシ」

とりあえず「弁越」の近くを「ベンゲクシ」あるいは「ヘンケウシ」という川が流れていた、ということはほぼ確定と見て良いと思います。あとは「ベンゲクシ」か「ヘンケウシ」か……というところですが、penke-kus(-nay?) あたりであれば「川上側の・通行する・川」となります。

「バンゲクシ」あるいは「ハンケウシ」の場所はほぼ確定していると思われるのですが、この川(名称不明)を遡ると古平町のチョペタン川、あるいは出戸ノ沢川の流域に出ることができます。

積丹町弁越の西側(川上側)を流れる川を遡った場合、古平町の泥ノ木川流域に出ることができますが、実は弁越の東側を流れる川を遡ると、より短い距離で泥ノ木川流域に出ることができます。

これらの点を総合して考えると、まず川の並びは「東西蝦夷山川地理取調図」にある通りに「ハンケウシ」「ヘンケウシ」「ヲキラナイ」で良いのではないか、と思われます。ただ川の名前は「竹四郎廻浦日記」にあるように本来は「バンケクシ」「ベンゲクシ」だったのではないか、と思います。

ということで、「弁越」は penke-kus(-nay) で「川上側の・通行する・川」ではなかろうか、というのが今日のところの結論です。

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