パタヤと言えば
パタヤと言えば、バンコクの南南東に位置する海沿いのリゾート都市です。地図で見るとそれほど遠く感じないのですが、良く見てみるとバンコクとカンチャナブリーまでの距離とあまり変わらないですね(そこそこ遠そう)。ちなみに、次の駅は「幡屋」(はたや)です。いきなり直線区間
木次線は、宍道からやや東寄りのルートで標高 92 m ほどの分水嶺を越えてきました。その後は南西に向きを変えて加茂中までやってきましたが、次の幡屋に向かって今度は東南東に進行方向を変えることになります。加茂中駅の南側は、特に歴史の長そうな町並みで、木次線はゆっくりと左カーブを抜けてゆきます。前方に立派なお寺が見えてきました。お寺(ちなみに線路の南北にあります)の間を通り過ぎると、今度はいきなり直線区間に入りました。トンネル以外では、これだけの直線区間は木次線では珍しいような……。
雲南市
木次線の右側(南側)に、県道 157 号「出雲大東線」が並行しています。土手の上に何やらオブジェが見えますが……「雲南市」のオブジェでした。1980 年代の地図を見ると、このあたりが大原郡加茂町と大原郡大東町の町境だったようです。今は仲良く合併して「雲南市」ですが、オブジェを「雲南市」仕様に手直ししてそのまま使っている、と言った感じでしょうか(合併後に設置されたものだったらすいません)。
前方に踏切が見えてきました。この道路は、かつては加茂中と大東(出雲大東)を結ぶメインルートだったようですが、今は線路の南側、赤川の堤防上に県道 157 号が通っています。
幡屋駅(はたや──)
踏切を通過して 1 km ほどで、前方に「幡屋駅」が見えてきました。幡屋駅は、北側にホームがあるだけの 1 面 1 線の駅です。開業は加茂中駅より少し遅れて 1918 年 2 月だったとのこと(停留場として設置され、1921 年 3 月に駅に昇格)。木次線の宍道-木次間は、1916 年 10 月に私鉄の「簸上鉄道」(ひかみ──)として開業していて、加茂中駅は 1916 年の路線開通時に開業しています。
それはそうと、ホームの真ん中だけ低くなっているというのは不思議な構造ですね。ホームの真ん中だけ高くなっている駅はたまーに見かけますが……。
愛すべき国鉄ローカル線の駅
ホームは進行方向左側にあります。ドアのガラス部分が大きいおかげで、なんとか駅名標の一部を撮影することができました。もう一枚がこちらです。二枚を合成したら、ちょうどいい感じになったりして。
ちなみに、加茂中駅には「事代主命」の案内板がありましたが、幡屋駅の愛称?は「大原郡家」(おおはらぐうけ)とのこと。同じような感じで案内板があったのでしょうか。
幡屋駅は、「古き良き時代の私鉄駅」っぽい雰囲気だった加茂中駅とは違って、今度は「国鉄ローカル線の駅」っぽい雰囲気がダシが取れそうなくらい濃厚、と言った感じでしょうか。
Wikipedia には「木造の駅舎は解体され」とありました。木造の駅舎から今の駅舎に変わった際は、たぶん非難轟々だったのだろうなぁ……と想像します。
でも、今この駅舎を建て替える……という話になると、きっと今の駅舎を惜しむ人が急に増えるのだろうなぁ……とも思います。どんな駅舎でも、そこにあって時を重ねるだけで、誰かにとって大切なものになるんだよ……ということなんでしょうね。
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