2020年2月2日日曜日

北海道のアイヌ語地名 (700) 「ペケット山・弥運内・沼牛」

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
地図をクリックしたら地理院地図に飛べたりします。

ペケット山

peket-tuk
明るい(木の無い)・小山

(典拠あり、類型あり)
幌加内町の市街地の近くを流れる雨煙内川の上流部には「雨煙内ダム」があり、「ほろかない湖」が形成されています。「ペケット山」は「ほろかない湖」の南に聳える標高 346 m の山の名前です。

アイヌは、川の名前と比べて山の名前には比較的無頓着だったとされますが、そんな中で明治時代の地図にも「ペケット山」という記載が残されているのは、かなり珍しく感じられます。

「ペケット」という音からは peker-to で「清冽な・沼」という想像が成り立ちます。確かに山は「ほろかない湖」に面しているので、この解釈が適切な……訳は無いですね。明治時代の地図には「雨煙内ダム」はありませんから、少なくとも「ほろかない湖」を指すという解釈は絶対に成り立ちません。

さてこれはどう考えたものだろう……と思ったのですが、更科さんの「アイヌ語地名解」に次のような記載を見つけました。

 ペケット山
 雨煙内貯水池傍の山。原名はペケッ・トㇰで、明るい(木のない)瘤山の意。
(更科源蔵「更科源蔵アイヌ関係著作集〈6〉アイヌ語地名解」みやま書房 p.157 より引用)
ああなるほど。peket-tuk で「明るい(木の無い)・小山」では無いかと言うのですね(peketpekertuk につられて音韻変化したもの)。ペケット山は地形図で見ても、まるで三角錐のような形をしているので、形の良い特徴的な山として名付けられた、ということなんでしょうね。

弥運内(やうんない)

ya-un-nay?
陸の方・そこに入る・川
ya-un-nay?
網・ある・川

(? = 典拠あるが疑わしい、類型多数)
「幌加内」という町名は、雨竜川の東支流である「幌加内川」に由来しますが、実際の幌加内川は市街地からやや南に離れたところを流れています。幌加内川には「ヤウンナイ川」という支流があり、ヤウンナイ川を北東に遡ったところに「弥運内」の集落があります。

「東西蝦夷山川地理取調図」には「ヤウンナイ」という名前の川が描かれています。ただ「再篙石狩日誌」には「ノマウシナイ」という名前の川の記録があります。
 扨、右の方フトを入てヌツフヲシマケクシホロカナイ、此処右の方小川のよし。ニセチロマツフより山ごしにて此沢え下るよし。少し上ノマウシナイ、フトチシウシナイ、ヌマウシホリカナイ等何れも右の方、石カリ上川附の岳々のうしろより来る。
松浦武四郎・著 秋葉実・解読「丁巳東西蝦夷山川地理取調日誌 上」北海道出版企画センター p.350 より引用)
これは「幌加内川」を遡った想定で記されたものと思われます(多分聞き書きだと思います)。「ヌツフヲシマケクシホロカナイ」は、「東西蝦夷山川地理取調図」での描かれ方と合わせて考えると、現在の「土谷の沢川」かなぁと思わせます。nup-osmak-kus-{horka-nay} で「野・後ろ・通行する・{幌加内}」あたりでしょうか。

そして、再篙石狩日誌では「ノマウシナイ」「フトチシウシナイ」「ヌマウシホリカナイ」という「右支流」があるとしていますが、幌加内川の流向を考えると「右支流」は「南支流」または「西支流」となり、現在の「ヤウンナイ川」や「沼牛川」はいずれも当てはまらないことになります。

「東西蝦夷山川地理取調図」では「ヤウンナイ」と「ヌマウシホリカナイ」が「左支流」として描かれているので、もしかしたらこの一帯は「東西蝦夷──」のほうが信が置けるのかもしれません。

肝心の「弥運内」の意味ですが、NHK 北海道本部・編の「北海道地名誌」には、次のように記されていました。

 弥運内(やうんない) 幌加内川の支流。ヤウンナイ(内陸にある川)川の流域なのでこの名で呼んだ。
(NHK 北海道本部・編「北海道地名誌」北海教育評論社 p.287 より引用)
ya-un-nay で「陸の方・そこに入る・川」と言う解釈ですね。ところが改めて「北海道地名誌」を見てみると……

 ヤウンナイ川 幌加内川の支流。アイヌ語で網のある川の意。
(NHK 北海道本部・編「北海道地名誌」北海教育評論社 p.285 より引用)
あの……更科さん……。

個人的には、どっちの解釈にも違和感は無いのですが、実際の地形に即して考えると ya-un-nay で「網・ある・川」のほうがありそうな気がします。ただ「幌加内」が horka-nay(U ターンする川)で、その支流である「ヤウンナイ川」がまっすぐ山に向かっていることを考えると、ya-un-nay で「陸の方・そこに入る・川」という解釈も蓋然性がありそうに思えます。

……両論併記しか無さそうですね。

沼牛(ぬまうし)

num-us-{horka-nay}??
木の実・多くある・{幌加内川}
{numa-us}-{horka-nay}??
{毛深い}・{幌加内川}

(? = 典拠あるが疑問点あり、類型あり)
幌加内町南部の地名です。JR 深名線に同名の駅がありましたので、まずは「北海道駅名の起源」を見ておきましょうか。

  沼 牛(ぬまうし)
所在地 (石狩国)雨竜郡幌加内町
開 駅 昭和 4 年 11 月 8 日
起 源 アイヌ語の「ヌム・ウシ・ホルカ・ナイ」(果実の多いあともどりする川)が「ヌマウシ・ポロカ・ナイ」となまり、その上部をとって名づけたものである。この場合「ヌム」(果実)は、「ニヌム」(クルミ)をさしたものである。
(「北海道駅名の起源(昭和48年版)」日本国有鉄道北海道総局 p.113 より引用)
num-us-{horka-nay} で「木の実・多くある・{幌加内川}」ではないか、という説のようです。本来 num は「粒」と捉えるべきもののようですが、知里さんの「──小辞典」には num を「果実」あるいは「木の実」とも捉えられるように記されています。

ただ、山田秀三さんは異なる解釈の可能性を考えていたようでした。

北海道駅名の起源の古い版では「沼牛川と幌加内川の合流点に牛の臥した如き沼があったための名」と書いたが,昭和25年版から「ヌム・ウシ・ホロカ・ナイ(果物の多い後もどりしている川)の転訛」と音に合わせて書いた。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.85 より引用)
手元で確認できたのが「昭和25年版」と「昭和48年版」だったのですが、それよりも古い版では「沼のような牛」……じゃなくて「牛のような沼」があったから、という説もあったのですね。

山田さんは「果実の多い──」という解釈についても疑問があったようで、全く異なる仮説を記していました。

諸地の地名にヌマ(毛)の言葉も出て来るので,あるいはヌマ・ウシ・ホロカナイ「numa-ush-horkanai 毛の・多く生えている・幌加内川(支流)」と読んだ方が原音に近いのかも知れない。その沼に水草が生えていたのか,それでそれをいったものかとも考えて来た。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.85 より引用)
あー。確かにそういう解釈もできちゃいますね。{numa-us}-{horka-nay} で「{毛深い}・{幌加内}」と読めてしまいます。「毛深い」が山田さんの言うように「水草の多い」と解釈できるのであれば、これもありそうな解釈ですね。

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