(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
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ワッカウエンベツ川
(? = 典拠未確認、類型多数)
安平志内川の最も大きな支流で、安平志内川の西側を流れています。源流部に遡って分水嶺を超えると、遠別川の支流の「熊ノ沢川」に出ることができます。明治時代の「北海道地形図」には似た位置に川が描かれていますが、上流部の地勢が全く異なった形で描かれています(ワッカウエンベツ川は実際よりもかなり短く描かれています)。等高線も描かれていて近代的な地図のようにも見えますが、実はかなり適当に描かれているということがわかりますね(汗)。
現在の「ワッカウエンベツ川」が過小評価されているのは「東西蝦夷山川地理取調図」でも同様で、「ルウクシアヘシナイ」という川が本流の「アヘシナイ」と比べると随分と短い形で描かれています。
「天之穂日誌」には次のように記されていました。
又こへて壱里計も上るや、右の方ルークシアヘシナイ、此処より浜え堅雪の節二日半にて越るよし也。此事は路辺之辺志に志るしたれば此処には略しぬ。しばし上りて左りの方サンチツナイ、又上りて右の方小川、ヲン子ルベシベと云り。是より堅雪の節はウエンヘツのルウチシヲマナイの源へ越る也とかや。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読「丁巳東西蝦夷山川地理取調日誌 上」北海道出版企画センター p.497 より引用)
さて「ワッカウエンベツ川」の話題に戻りますが、「天之穂日誌」には「ワツカウエンアヘシナイ」という川も記録されています。こへてマウシナイ、ウツシヤムクシベツ、越て河原ワツカウエンアベシナイ、此辺石狩ウリウの山の後ろに当るとかや。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読「丁巳東西蝦夷山川地理取調日誌 上」北海道出版企画センター p.498 より引用)
「石狩ウリウの山の後ろ」とありますが、たしかに「安平志内川」の源流部に遡って分水嶺を超えると朱鞠内湖の北(ブトカマベツ川)に出ることになります。現在の「ワッカウェンベツ川」の源流部は遠別町と接していて、ブトカマベツ川流域とは少し離れています。また「東西蝦夷山川地理取調図」にも「ワツカウエンアヘシナイ」という支流が描かれていますが、これは「アヘシナイ」の東支流として描かれています。
長々と記してきましたが、要は「『ワツカウエンアヘシナイ』と『ワッカウェンベツ川』は別の川」ということです。もう少しだけ丁寧に記すと、松浦武四郎が聞いた「ワツカウエンアヘシナイ」と現在の「ワッカウェンベツ川」は違う川である可能性が高い、となるでしょうか。
「ワツカウエンアヘシナイ」であれば wakka-wen-{a-pes-nay} で「水・悪い・{安平志内川}」ということになります。「ワッカウェンベツ」であれば wakka-wen-pet で「水・悪い・川」ということになりそうです。
おまけ(余談)
ただ、ひとつ気になるのが、「ワッカウェンベツ川」の向こうは「遠別川」が流れている……という点です。そして「天之穂日誌」には「ルークシアヘシナイ」という川名が記録されています。「ルークシ」系の川名の場合、時折「峠の向こう側の地名」が入る場合があるのですね。たとえば「東西蝦夷山川地理取調図」には「ウエンベツ」の支流として「アヘシナイルベシ」という名前の川が描かれていますが、この「アヘシナイ」は「安平志内川」のことと考えて良さそうに思えます。
つまり、「ルークシアヘシナイ」を「ルークシウエンヘツ」と呼んだ……としても、そこそこ妥当なネーミングだということになります。ところが安平志内川には「ワツカウエンアヘシナイ」という支流がすでに存在していたため、両者を混同して「ワッカウェンベツ」という川名が生まれてしまった……なんて可能性も、微粒子レベルで存在していたら面白いかもなぁ……などと言った妄想でした。すいません、ハイ。
イナマユ川
(? = 典拠あるが疑わしい、類型多数)
安平志内川の東支流の名前です。なんか「イナマユ」というニックネームで呼ばれている人、いそうですよね。「天之穂日誌」に次のような記載がありました。
又しばし上り、左ヲヽイチヤシナイ、並でホロシフンナイ、此辺小石浅瀬にして鱒・鯇の卵を置処のよし。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読「丁巳東西蝦夷山川地理取調日誌 上」北海道出版企画センター p.497-498 より引用)
この「ヲヽイチヤシナイ」が「イナマユ川」ではないか……と考えています。「イチヤシナイ」が実は「イチヤンナイ」で、「イチヤン」が「イナマユ」に誤記されたのではないかとの想像です(割と豪快な誤記ですが、似たケースが無いわけでは無いです)。ichan で「鮭・鱒の産卵穴」と考えられます。「ヲヽイチヤシナイ」が「イナマユ川」だとすれば、現在の「志文内川」との位置関係が逆になってしまいます。ただ、ルウクシアヘシナイ(ワッカウェンベツ川)との位置関係も含めて色々と整合性が取れない点が多いため、ここでは不問とさせてください。
「東西蝦夷山川地理取調図」にも「ヲフイチヤシナイ」という川が描かれています。uhuy で「燃えている」という語彙があるので、uhuy-ichan-nay で「燃えている・鮭鱒の産卵穴・川」と考えられるかもしれません。もちろん産卵を終えた鮭が自動的に焼き鮭になるといった面白い話があるわけではなく、赤土が露出した崖があるとかを指して「燃えている」と呼んだのだと思います。
あと、「イチヤン」が「イナマユ」になるのであれば、「シペイチャンナイ」が「ヲフイチヤシナイ」になっても不思議はない……という悪ノリもできそうです。sipe-ichan-nay であれば「主たる食べ物(鮭)・産卵穴・川」となります。歌登(枝幸町)の「志美宇丹」が sipe-ichan じゃないか、という説がありましたよね。
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