2019年9月22日日曜日

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北海道のアイヌ語地名 (663) 「ヤキツナイ川・茂築別川」

 

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
地図をクリックしたら地理院地図に飛べたりします。

ヤキツナイ川

ya-un-ki-us-nay??
山・に入る・茅・多くある・川
yanke-us-nay??
陸揚げする・いつもする・川
(?? = 典拠なし、類型あり)
羽幌町と初山別村の境界のすぐ近くを流れる川の名前です。ただ、川が町村界ということでも無く、流路の殆どが初山別村側です。

この川ですが、資料によって表記が揺れまくっているようで、たとえば「東西蝦夷山川地理取調図」には「ヤキムナイ」という名前で描かれています。ところが「再航蝦夷日誌」では「ヤキチ」であり、「西蝦夷日誌」では「ヤキチナイ」となっています。また、「竹四郎廻浦日記」には「カモチナイ」とあるようで、永田地名解に至っては「ヤウ キㇺ ウン ナイ」とあります。どれ一つとして同一ではないというのは凄いですよね。

これらの中で、唯一「地名解」らしき記載がある永田地名解を見ておきましょう。

Yau kim un nai  ヤウ キㇺ ウン ナイ  小キ奥川「ヤウ」ハ小ナリ
永田方正北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.405 より引用)
kim-un-nay が「山・に入る・川」なのは理解できるんですが、「『ヤウ』は小なり」というのが若干理解に苦しみます。

一旦、永田説を完全に無視して考えてみると、最初の「ヤ」は yan- あるいは ya-un- で「陸に入る」と考えるか、あるいは yam- で「冷たい」と考えられそうな気がします。また「キツナイ」ですが、kim-un-nay で「山に入る川」と考えてもいいのですが、「ヤキチ」あるいは「ヤキチナイ」「ヤキツナイ」という記録から考えると ki-us-nay で「茅・多くある・川」あたりの可能性もありそうな気がします。

更に想像を逞しくすると、yanke-us-nay で「陸揚げする・いつもする・川」と考えられなくも無いんですよね。築別川や茂築別川の河口部は湿地が広がっていたかもしれないので、実は陸揚げの場所としては不適だった……と言った仮説が成り立つ……かもしれませんし。

本題に戻りますが、「ヤキツナイ川」は ya-un-ki-us-nay で「山・に入る・茅・多くある・川」あたりか、あるいは思い切って yanke-us-nay で「陸揚げする・いつもする・川」あたりと考えられないでしょうか。久しぶりに永田地名解を全否定してみましたが、たまにはいいですよね?

茂築別川(もちくべつ──)

mo-{chikep-pet?}
小さな・{築別川}
(典拠あり、類型あり)
初山別村の南部を流れる川の名前で、上流部には「有明ダム」があります。羽幌町を流れる「築別川」をコンパクトにしたような川で、故に名前も「小さな築別川」なんですが……。

築別」について取り上げたのはもう 9 年近く前のことですが、今から思えばお手軽な内容に留まっていますね……(汗)。

今更ですが、「築別」についていくつか記載を引用しておきましょうか。

Chuk pet  チュㇰ ペッ  秋川
(永田方正「北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.405 より引用)
chuk-pet で「秋・川」と解釈したのですね。この記述に批判を加えたのが更科さんで、「アイヌ語地名解」で次のように記していました。

チュクはたしかに秋であるが、秋の川ではおかしい。知里博士のアイヌ語小辞典ではチユクは「地名の中ではチュキペ“秋の鮭”を意味することもあったらしい」と述べている。しかしここは昔から鮭ではなく、鱒、うぐいが獲れたと日誌に記されている。
(更科源蔵「更科源蔵アイヌ関係著作集〈6〉アイヌ語地名解」みやま書房 p.148 より引用)
このように「秋・川」説、そして「秋・川」説の派生とも言える「鮭・川」説について批判を加えた上で、次のような自説を記していました。

チケプ・ぺッで切り立った崖の下を流れる川かと思う。
(更科源蔵「更科源蔵アイヌ関係著作集〈6〉アイヌ語地名解」みやま書房 p.148 より引用)
chikep-pet で「切り立った崖(の下を流れる)川」としたのですが、改めて考えてみるとなかなか巧みな解ですね。ただ、古い記録には他にもいくつかの説が記載されていました。たとえば「西蝦夷日誌」には次のようにあります。

名義、秋川と云、また急流義にも取る。又一説に槐(エンジュ)川の義とも云、何れか是なり。
松浦武四郎・著、吉田常吉・編「新版 蝦夷日誌(下)」時事通信社 p.271 より引用)
「秋川」については、なるほど、永田地名解以前から語られていた説だったんですね。「急流」説については chiw-pet でチューペット……じゃなくて「水流・川」と考えた、ということでしょう。「エンジュの川」は chikupeni で「エンジュの木」を意味するので、そこから来ているのでしょうね。

「ヤキツナイ川」は記録が百花繚乱でしたが、「築別」は解釈が百花繚乱と言った感じでしょうか。中には批判のあるものもありますが、いずれの解釈もそれなりに妥当性が感じられます。改めてどれか一つを選べ……という話だと、chikep-pet 説が魅力的に感じられます。

とりあえず「茂築別川」は mo-{chikep-pet?} で「小さな・{築別川}」と考えていいかな、と思われます。{chike-pet?} のところが「諸説あります」なのは、ここまで引用してきた通りです。

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