2018年11月10日土曜日

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北海道のアイヌ語地名 (578) 「ピニパケシュナイ川・ピラケショマナイ川・キナチャウシュナイ川」

 

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
地図をクリックしたら地理院地図に飛べたりします。

ピニパケシュナイ川

pira-pa-kus-nay
崖・のかみ・通行する・川
(典拠あり、類型あり)
ピニパケシュナイ川はイルオナイ川とピラケショマナイ川の間を流れている……らしいのですが、地理院地図には河川としての記載自体がありません。雨が降ったときに流れる程度の小川なのかもしれません。

それはそうと、いかにも「誤字ありまくりです!」という感じのする川名ですが、さて本来はどんな名前だったのか……(汗)。

北隣を「ピラケショマナイ川」が流れているので少々ややこしいのですが、「東西蝦夷山川地理取調図」に「ヒラアハケタナイ」とあるのが、現在の「ピニパケシュナイ川」のようです。

ちなみに「ピラケショマナイ川」は「ヒラケクシナイ」になっています。

戊午日誌「西部能登呂誌」には次のように記されていました。

また是より六七丁を過て
     ヒラーハケタナイ
此処山の平崩有るなり。此平首も尻も有る如くなりて有るが故に号るとかや。
松浦武四郎・著 秋葉実・解読「戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 中」北海道出版企画センター p.133 より引用)
永田地名解には次のように記されていました。

Pira pa kush nai  ピラ パ クㇱュ ナイ  崖頭川 崖ノ東ニ在ル川トモ
永田方正北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.477 より引用)
永田地名解がすんごくマトモなことを書いているように見えますね……(汗)。pira-pa-kus-nay で「崖・のかみ・通行する・川」と考えられそうですね。

知里さんの「網走郡内アイヌ語地名解」には次のように記されていました。

(21) ユコサンナイ(Yuk-o-san-nai) ユク「鹿が」,オ「そこに」,サン「出てくる」,ナイ「川」。この沢は昔鹿の寄り場だった。ピラ・パ・クシ・ナイ pira-pa-kush-nai「崖・のかみを・通つている・川」とも云う。
(知里真志保「知里真志保著作集 3『網走郡内アイヌ語地名解』」平凡社 p.277 より引用)※ 原文ママ

ふむふむ。……あれっ? これって「ユコサンナイ」の記事で引用したものと全く同一ですね。「ピニパケシュナイ川」こと pira-pa-kus-nay と「ユコサンナイ川」が同一であるとしたのは知里さんの「網走郡内アイヌ語地名解」だけのようですが、調査の際に混同があったのでしょうか……?

ピラケショマナイ川

pira-kes-oma-nay
崖・のしも・そこに入る・川
(典拠あり、類型あり)
色々と謎の多い「ピニパケシュナイ川」の北隣を流れる川です。こちらは地理院地図にもちゃんと河川として記載されています。

「東西蝦夷山川地理取調図」には「ヒラケクシナイ」と記されています。また戊午日誌「西部能登呂誌」には次のようにありました。

凡五六丁を過て
     ヒラシケクシナイ
平山の下平有。是ヒラハケタナイの尻の方になるが故に号。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読「戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 中」北海道出版企画センター p.133 より引用)
「ヒラシケ」は「ピラケシ」の誤記っぽい感じでしょうか。であれば pira-kes-kus-nay で「崖・のしも・通行する・川」と読むことができ、南隣の pira-pa-kus-nay と(名前の上では)ペアを組む川だ、ということになりますね。現在は -kus ではなく -oma のようなので、pira-kes-oma-nay で「崖・のしも・そこに入る・川」となりますね。

永田地名解にも、この両河川は並んで記されていました。

Pira kesh-oma nai  ピラ ケㇱョマ ナイ  崖端川 崖ノ西ニ在ル川トモ
Pira pa kush nai   ピラ パ クㇱュ ナイ  崖頭川 崖ノ東ニ在ル川トモ
(永田方正「北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.477 より引用)
厳密には -oma-nay-kus-nay も異なるのですが、pira-kes-oma-nay のほうは交通路として使われることが余り無かったのかもしれません(pira-pa-kus-nay が交通路として「使える」川だったかと言われると、それも微妙ではあるのですが)。

面白いのは「崖の西」と「崖の東」という表現で、実際に地図を見ると「西」も「東」も無く両者は南北に並んでいることに気が付きます。アイヌが「東」を上位(上座)と捉えていたことは良く知られるところですが、ここでも「かみて」を意味する pa を「東」、「しもて」を意味する kes を「西」としているのが興味深いですね。

pa を「東」、kes を「西」としたのは永田方正の拡大解釈によるものかもしれませんが、少なくとも永田方正がそう認識していたというのが面白いかと。

キナチャウシュナイ川

kina-cha-us-nay
草・刈る・いつもする・川
(典拠あり、類型あり)
ピラケショマナイ川の北隣を流れる川の名前です。北支流もあるようですが、残念ながら名前は不詳です。

「東西蝦夷山川地理取調図」には「キナチヤウシ」と記されています。また戊午日誌「西部能登呂誌」には次のように記されていました。

また平地三丁計行て
     キナチヤウシナイ
此処キナに編よき草多きが故に此名有りと。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読「戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 中」北海道出版企画センター p.133 より引用)
cha は「切る」あるいは「刈る」という意味で、知里さんの「──小辞典」には次のように記されています。

cha ちゃ ((不完)) 切る;刈る。kina-~-us-i ガマやスゲなどの敷物にする草を・刈り・つけている・所。
(知里真志保「地名アイヌ語小辞典」北海道出版企画センター p.13 より引用)
はい。他に解釈のしようの無い川名でしたね。kina-cha-us-nay で「草・刈る・いつもする・川」と考えて良さそうです。

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