2018年10月28日日曜日

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北海道のアイヌ語地名 (576) 「ニタテヨコツナイ川・ユコサンナイ川・ソオラルオツナイ川」

 

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
地図をクリックしたら地理院地図に飛べたりします。

ニタテヨコツナイ川

nitat-e-u-kot-nay
湿地・そこで・互いに・交わる・川
(典拠あり、類型あり)
網走市卯原内の西を流れる川の名前です。「第二ニタテヨコツナイ川」という名前の東支流もあります。「ニタテ」は nitat(湿地)で「ヨコツ」は yuk-ot(鹿が多い)か yoko-ot(いつも獲物を狙う)あたりかと思ったのですが……。

「東西蝦夷山川地理取調図」には「トタンユウチナイ」という、一見別物にしか見えない名前で記載されています(もしかしたら本当に別物かもしれません)。

そして、戊午日誌「西部能登呂誌」には次のように記されていました。

扨是より岸まゝまた拾丁計も蘆荻の岸をば添て来りたるに
     ウタテウコチナイ
此処平地に一すじの川有。本名はニタチウコチナイのよし。其名義両方より来り逢てまた開くと云義、よってきわらずといへり。漏子(じょうご)形等に有が如く二すじより逢て合ずして、浜近く来りてより合て落るより号るよし也。ウコチナイとは、犬の交合せし如くつながるさまを云よし。
松浦武四郎・著 秋葉実・解読「戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 中」北海道出版企画センター p.131-132 より引用)
ふーむ。「ウタテウコチナイ」と言われているけれども本当は「ニタチウコチナイ」なんだよ、ということでしょうか。であれば nitat-u-kot-nay で「湿地・互いに・交わる・川」と読めそうですね。

「二すじより逢て合ずして、浜近く来りてより合て落る」というのが名前のポイントのようで、確かに「第二ニタテヨコツナイ川」の流路はとても変わっています。卯原内川と 150 m 程度の距離まで近づきながら、最終的には卯原内川ではなくニタテヨコツナイ川と合流しています。

もっとも「ウコチナイ」に「合流しそうで合流しない」という意味があるかと言われると少々微妙です。知里さんの「網走郡内アイヌ語地名解」には次のように意味が解説されていました。

ニタテウコチはニタッ・エ・ウコッ・イで,「湿地・で・交尾している者」の義。この川が湿地の中へ入って行ってそこで二股になっているのを云ったのである。
(知里真志保「知里真志保著作集 3『網走郡内アイヌ語地名解』」平凡社 p.277 より引用)
あっ、そうか。nitat-e-u-kot と読み解くのがより適切なんですね。nitat-e-u-kot-nay であれば「湿地・そこで・互いに・交わる・川」と読み解けそうです。

ユコサンナイ川

yuk-o-san-nay
鹿・そこに・出てくる・川
(典拠あり、類型あり)
オンネナイ川(onne-nay で「長じた・川」)とソオラルオツナイ川の間を流れる小河川の名前です(地理院地図には川として記載されていません)。

「東西蝦夷山川地理取調図」には、現在の名前と同じく「ユコサンナイ」と記されています。また戊午日誌「西部能登呂誌」には次のように記されていました。

また五六丁を過て平山の間
     ユクサンナイ
此処にも小沢有。其両岸草木也。鹿常に此処え来り草を喰ふが故に号るとかや。ユクは鹿の事ヽサンは下ると云儀。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読「戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 中」北海道出版企画センター p.132 より引用)
これは割と素直に読み解けそうですね。yuk-o-san-nay で「鹿・そこで・山から浜へ出る・川」と読めそうです。

知里さんの「網走郡内アイヌ語地名解」には次のようにありました。

(21) ユコサンナイ(Yuk-o-san-nai) ユク「鹿が」,オ「そこに」,サン「出てくる」,ナイ「川」。この沢は昔鹿の寄り場だった。ピラ・パ・クシ・ナイ pira-pa-kush-nai 「崖・のかみを・通っている・川」とも云う。
(知里真志保「知里真志保著作集 3『網走郡内アイヌ語地名解』」平凡社 p.277 より引用)
なるほど。san は「山から浜へ出る」「後から前へ出る」と言ったニュアンスで捉えることが多いのですが、素直に「出てくる」と解釈できたんでしたね。yuk-o-san-nay で「鹿・そこに・出てくる・川」と考えて良さそうです。

ソオラルオツナイ川

húraruy-ot-nay?
キュウリウオ・多くいる・川
urar-ot-nay?
靄・多くある・川
(? = 典拠あるが疑問点あり、類型あり)
「ソーラルオツナイ川」という表記も見かけます。つい「ソーカル事件」を思い出してしまいますが、当然のことながら何の関係もありません。

ということで、もちろん「ソオラルオツナイ川」には事件性は無い……筈だったのですが、それらしき川の記録が見つかりません。やはり「ソオラルオツナイ川」も「ソーカル事件」と同様に「でたらめ」だったのでしょうか……?(汗)

古い地図を確かめてみたところ、何のことはない、そこには「イナッオルラーフ」と記されているではありませんか。今風に左から右に書き直すと「フーラルオッナイ」です。どうやら「フ」を「ソ」と間違えたうっかりさんがいたようですね。

ということで、改めて永田地名解を眺めてみると、ちゃんと記載がありました。

Hūraru ot nai  フーラル オッ ナイ  キウリ魚居る川
永田方正北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.477 より引用)
「キウリ魚」ってなんじゃらほい……と思ったのですが、「キュウリウオ」という魚がいるそうですね(そのまんま)。「漁獲したばかりの鮮魚の状態では、胡瓜に似た青臭いにおいがある」そうですが、うわぁこれは苦手かも……。本題に戻ると、húraruy-ot-nay で「キュウリウオ・多くいる・川」と読み解けそうです。

ちなみに hura は「におい」という意味で(「富良野」でおなじみですね)、ruy は「甚だしい」という意味です。よっぽどニオイが印象的なんでしょうねぇ……。

なお、「東西蝦夷山川地理取調図」には「ウラルシナイ」と記されています。戊午日誌「西部能登呂誌」にも詳細が記されていました。

また少し過て凡十丁
     ウラロシナイ
本名ウララヲツナイのよし。此処平山也。此山よりいつにても、靄(もや)上る時は立始るが故に号るとかや。ウラヽは靄濛(あいもう)の義なり。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読「戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 中」北海道出版企画センター p.132 より引用)
urar-us-nay あるいは urar-ot-nay で「靄・多くある・川」と考えたようですね。音が「フーラル」と伝わっていたのであれば少々弱いですが、urar-ot-nay も地名として特段おかしなところが無いだけに、何故永田地名解では無視されたのか、少々疑問が残ります。

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