2018年10月21日日曜日

北海道のアイヌ語地名 (574) 「トモルベシュベ川・リヤウシ湖」

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
地図をクリックしたら地理院地図に飛べたりします。

トモルベシュベ川

tomo-{ru-pes-pe}
真ん中の・{峠道}
(典拠あり、類型あり)
網走市二見ケ岡の漁港のあたりで能取湖に注ぐ川の名前です。現在は能取工業団地の造成と漁港の整備などに伴って、北隣のトルカルシナイ川の近くで能取湖に注いでいます。

「東西蝦夷山川地理取調図」には「トミルヘシベ」とあり、また戊午日誌「西部能登呂誌」には次のように記されていました。

また三四丁も行て
     トニルベシベ
此辺沼の東岸になる也。小川有。此上平地にして、此後方はアバシリの沼のヘナタンナイえの山越すじなるよし。堅雪の節は皆此処を夷人どもは越るとかや。よつて号く。
松浦武四郎・著 秋葉実・解読「戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 中」北海道出版企画センター p.129 より引用)※ 原文ママ

「ヘナタンナイ」がどこを指しているのかが良くわかりませんが、どうやら現在の刑務所のあたりを指しているように見受けられます。現在の「三眺山」の西から南のあたりを「三眺川」という川が流れていますが、かつてはこの川を para-to(広い・沼)と呼んでいたようです(「広い・沼」は本来は「網走湖」を指すと考えるのが自然なので、ちょっと変な感じもしますが)。

「東西蝦夷山川地理取調図」によると、この「ハラトウ」(para-to)の隣に「ヘナワヒナイ」(pena-an-pi-nay?)という川が記されているので、もしかしたらこのことかもしれません。

あるいは「大曲」が tanne-nutap だったと言いますから、pena-tanne-i で「川上側の・長い・もの」と呼ばれる場所があったのかもしれませんね。

本題に戻りますが、永田地名解には少し違う解が記されていました。

Tom’o rupeshbe  トモ ルペㇱュベ  軍路 「トミオルペシユベ」ナルベシ
永田方正北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.478 より引用)
ふーむ。なるほど、確かに tumi は「戦争」を意味します。「トミオルペシユベ」なのであれば tumi-o-{ru-pes-pe} で「戦争・ある・{峠道}」と読めるのかもしれません。

一方で、知里さんは永田説とは別の解釈を示していました。

(41) トモルペシペ(Tomo-rupespe) ル・ペㇱ・ぺは「路が・それに沿うて下つている・者」の義で,山を越えて向うの土地へ降りて行く路のある沢を云う。トモとは何かの中間の義で,ここではノトロ湖とアバシリ湖の中間を云う。そこでトモルペシペは網走湖との間に山を越えて降りて行く路のついている沢の義となる。
(知里真志保「知里真志保著作集 3『網走郡内アイヌ語地名解』」平凡社 p.278-279 より引用)※ 原文ママ

ふむふむ。tomo は田村さんの辞書によると「面の中ほど、ぶつかったりめがけて向かって行ったりする対象の位置」とあります。知里さんは「何かの中間の義」としましたが、平たく「ど真ん中」と考えるといいのかもしれませんね。tomo-{ru-pes-pe} で「真ん中の・{峠道}」と解釈できそうです。

ただ、若干謎なのが、現在の「トモルベシュベ川」沿いを通るよりも、道道 1010 号「能取三眺線」沿いを通るほうがはるかに楽ではないか、というところです。

改めて昔の地図を確かめてみたところ、能取湖には北から「ト゚リカルシュナイ」・「フプト゚セウンナイ」そして「トモルペシュペ」の三つの川がほぼ等間隔で並んでいます。どうやら誤って「フプト゚セウンナイ」を「トモルベシベ川」にしてしまった、というオチのようですね。

リヤウシ湖

riya-us-i
越冬する・いつもする・ところ
(典拠あり、類型あり)
網走湖の北西に位置する小さな湖の名前です。リヤウシ湖は、南側の「リヤウシ川」で網走湖に注いでいるようですが、現在は北側の「二見川」で能取湖とも繋がっているようですね。もしかしたら運河として使われたことがあったのでしょうか?

「東西蝦夷山川地理取調図」には、網走湖に注ぐ川の名前として「リヤウシト」と記されています。また、戊午日誌「西部安婆志利誌」には次のように記されていました。

また過て五六丁にて
     リヤウシ
此処うしろは山にて、此下の浜東南向至極暖気なる処なるが故に、昔しより皆此処え家居して越年せしより号しとかや。リヤとは越年の事、ウシとは多しと云儀。
川有。此川上に一ツの沼有。是にまた桃花魚多く越年をなし居るよし。よつて号とも云り。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読「戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 中」北海道出版企画センター p.102 より引用)※ 原文ママ

知里さんの「網走郡内アイヌ語地名解」にも、ほぼ同じことが記されていました。

(115) リヤウシ(Riya-ush-i) リヤ(越冬する),ウㇱ(いつも……する),イ(所)。「いつも越冬する場所」。リヤウㇱコタン(Riya-ush-kotan)とも云つた。「いつもそこで冬を送る村」。
(知里真志保「知里真志保著作集 3『網走郡内アイヌ語地名解』」平凡社 p.278-279 より引用)※ 原文ママ

riya-us-i は「越冬する・いつもする・ところ」と考えて間違い無さそうです。riya-us-kotan(「越冬する・いつもする・村落」)が存在するくらいですから、人が越冬するのに適した場所だと思われるのですが、戊午日誌では「ウグイが越冬するから」という説もある、としているのが面白いですね。

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